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「リト」
そう呼ばれてオレは思わず持っていたティーカップを落としてしまった。
淹れたてだった紅茶はオレの手と服に少しかかって床にこぼれた。幸いカップは割れなかったけれど、利き手に軽いやけどを負った。本能なのか、痛みを感じると同時にオレは患部をもう片方の手で押さえながら五秒ほどじっとして痛みが引くのを待っていた。
なぜ名前を呼ばれたくらいでこんなに動揺したかというと、「リト」とオレを呼んだのは幼なじみのポーランドじゃなかったからだ。
「だ、大丈夫?」
心配そうにそう言うのはロシアさん。突然オレの家に来るのはいつもの事で、今日も朝の八時という非常識な時間に訪ねて来た。オレはロシアさんを追い返すわけにもいかず、リビングに通してとりあえずお茶を出そうとしたところだった。
「あ…大丈夫です、すみません。今片付けて淹れ直しますね。」
「お茶はもういいよ。手、やけどしたでしょ?早く冷やしてきなよ。」
ロシアさんはそう言うとオレをキッチンへ向わせた。
…大した事ないんだけどな。そう思いながら水道水を手首のあたりからかけ流す。やけどをした部分は手の甲。すでに痛みも感じなくなっていたし、五分も冷やせば十分だろう。
「…痕残らないといいけど。」
流水を見つめながらそんなセリフが自然と口をついた。
普段はおおらかな性格なのにこういう細かい事は結構気にする人だから、痕が残ればきっとやけどの原因を作った事に負い目を感じるに違いない。名前を呼ばれたオレが勝手に驚いただけだから気にすることなんてないのに。
リビングに戻ったら何事もなかったように振舞おう。そう決めてオレは蛇口を閉めた。


「お待たせしてしまってすみません。お茶、淹れ直しますね。」
「お茶なんてもういいのに。…ちゃんと冷やしたの?」
ロシアさんはそうたずねながらオレの目をじっと覗き込んできた。やましい事なんて何もないのに思わず反らしたくなるようなその視線になんとか耐えて、オレは笑顔を作った。
「だ、大丈夫ですよ。もう痛みも感じませんし。」
たぶんいつものように笑えていたと思う。でもまだロシアさんはオレの言葉を疑っているようで、「手、見せて」と言ってきた。
やけどの痕はほとんど見えなくなっていたので、ほら、もう大丈夫ですよ、と手を見せると、ロシアさんはしばらくオレの手を見つめた後あからさまにほっとした表情を見せた。
こういう所はかわいいなと思う。ロシアさんは突然かわいく見えるから、そう認識してしまったとたんにオレもなんだか恥かしくなる。
「あの…ロシアさん」
こらえきれそうにない気恥ずかしさを紛らわせるために口を開いた。ロシアさんがつまらなさそうに「何?」と返す。
「どうしてさっきオレの事『リト』って呼んだんですか?」
オレちょっとびっくりしちゃいましたよー、と冗談交じりに続けてロシアさんの方を見ると、これまでに見たことがないくらい顔を真っ赤にして俯く姿があった。その光景にオレも思わず固まってしまう。
「…ロシアさん、オレ何か変な事言いました?」
完全に落ち着くのは無理だけれど、できるだけ平静を装ってオレはたずねた。ロシアさんはオレの方を見る様子もなく黙り込んだままなので、オレの疑問に答えてくれそうにない。
「あ…言いたくないなら言わなくていいです、すみません。」
オレお茶淹れ直してきます、と言ってキッチンに向おうとした時、急に腕を引っ張られた。そのままバランスを崩して後ろに倒れこんだところをロシアさんに抱え込まれる。
「え…あ、あの、ロシアさん!?」
振り返ろうにも、ロシアさんがオレの肩に額を乗せて動こうとしないので何もできない。
「……君をね、呼ぶじゃない?」
何かをためらうようにぽつりとロシアさんは耳元でそう囁いた。
「え…?」
「だから君の幼なじみだよ。」
「…ポーランドの事ですか?」
「うん。君の事親しそうに『リト』って呼ぶでしょう?」
だからね、僕もそんな風に呼んでみたいなってちょっと思ったんだ、と続けると、オレを抱きしめる腕にほんの少しだけ力が込められた。
ただでさえ不意をつかれたその事態に戸惑っていたのに、こんな事を耳元で言われるとどう返せばいいのかわからない。ロシアさんの腕を熱く感じたけれど、たぶんオレの顔も同じくらい熱くなってる気がする。
「ロシアさん、ちょっと苦しいです…」
ロシアさんがオレを抱きしめる力はさっきよりも確実に強くなっている。
「うん、知ってる。」
「じゃあ緩めてくださいよ…」
返事はわかっているけれど、とりあえずそう言ってみた。このやりとりなしで事態が好転することはないと今までの経験でわかっているからだ。案の定ロシアさんは間髪入れずに「やだ。」と即答する。
「…そんな事したらリトアニア僕の顔見るでしょ。」
「え…見ちゃだめなんですか?」
間を置いてのその理由に思わずそう返してしまった。背後にいるんだから気になるのは仕方ないと思うんだけどな、と思いつつ、ロシアさんの腕を覆うようにオレは自分の腕を重ねた。
「…ダメに決まってるじゃない。だって僕今すっごく恥ずかしいんだもの。きっと情けない顔してる。」
何を言い出すかと思えばそんな事か。どうしてそんな事ロシアさんが気にする必要があるんだろう。オレなんか何度情けない姿見られてるかわからないくらいなのに。
「そんなの、オレもですよ。」
「え…?」
くすりと笑いながら重ねた腕に力を込めると、反射的にロシアさんは強く抱きしめていたオレを解放してくれた。振り返る事は簡単にできたはずだけれどそれはやめておいた。
その代わりにオレは「やっぱりお茶淹れ直しますね」と呟くように言ってキッチンへ向った。ロシアさんは何も言わなかった。


「あ、そういえばまだ九時回ったばかりですけど、こんな早くからオレに何か用事ですか?」
ロシアさんにお茶を出して、オレは向かいのソファに座った。
「んー用事ってほどじゃないんだけど、久しぶりにリトアニアの手料理が食べたくなっちゃって。」
さっきまでの事なんてなかったかのようにロシアさんは元通りだ。
「え…朝ごはんまだ食べてないんですか?簡単なものでいいならすぐ作りますけど…」
「朝ごはんはいいよ。その代わりお昼ごはん豪華にしてね。僕お腹すかせて待ってるから。」
まだお昼まで三時間ほどあるけれど、それまでずっとオレの家にいるつもりなんだろうか。
オレの今日の予定とか気にしないあたりはいつものロシアさんだなぁと少し呆れつつ、わかりました、と苦笑しながら答える。その反面、うきうきした気持ちで昼食のメニューを考え始めていた自分にも呆れたけれど、たまにはこんな状況も悪くないなと思った。



   fin.

***
「リトアニアミレニアム」に投稿したもの。フリーテーマ。

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