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「ない……何でなん?」
昨日確かにここに置いたはずなんやけど、と呟いて、一抹の不安を抱きながらオレはリトのいるキッチンに向った。
朝からリトは朝食の準備に忙しそうだ。別に休みなんやからそんなに急いで作らんでもええのにと思ったけれど、リトが早くに起きたのは別の理由だという事に気付いて、抱いていた不安は決定的なものになった。

昨晩、リトが来る事を思い出して部屋の片付けに追われていたオレは、散らかっていたものを適当な袋に手当たり次第詰め込んでそのままにしていた。その中に探していたものがあった事を今頃になって思い出す。
「リトー、オレの部屋の前にあった袋どうしたん?」
「え、あれならさっきゴミに出しちゃったけど…」
「あ…そうなん……」
「ポーランド、もしかして何か捨てちゃいけないものでも入ってた…?」
「いや、別に何でもないしー」
心配そうに聞き返すリトに素っ気無く答えた。
何でもないわけない。あの袋の中にはリトからもらったクマのぬいぐるみが入っていた。
半年前におもちゃ屋のウィンドウに飾られていたぬいぐるみを欲しがったオレに、リトが後日くれたものだ。ぬいぐるみ自体は別のものだったけれど、黒地に鮮やかな刺繍の入ったベストを着ていて、いつもベッドにおいていたお気に入りだ。
そんなぬいぐるみが入っていたなんて言えないオレは、怪訝な顔をするリトをよそに適当に理由をつけて外へ出た。
頭ではもう間に合わない事もわかっていたけれど、どうしても自分で確かめたかった。
リトが出したゴミはとっくに回収されていて、近所を見渡してもそのぬいぐるみの入った袋なんてあるはずがなかった。いたたまれなくなって、オレは息を切らしながらしばらくその辺を探し回った。

結局その袋は見つからなかった。当たり前だ。ゴミに出されて回収された後なんだから見つかるはずもない。割り切れない気持ちが、くたくたになるまで無意味に近所を捜索させた。オレの不注意でこうなったんだし、誰かに八つ当たりできるものでもない。おかげでその日は精神的にも疲れきって、何をしていたのかよく覚えていない。
それから数日はぬいぐるみの件で落ち込んでいた。あの時ああしておけばよかったと、後悔が渦を巻く。けれど、ずっとそれを引きずっていられるほどオレは暇じゃなかった。


それから半年ほど経ち、ぬいぐるみの事も忘れていたある日、オレは携帯電話に見慣れない着信があるのに気付いた。非通知でこそないものの、人見知りなオレは中々その電話を受ける気にはなれずにしばらく悩んだ。その電話は毎日正午近くにかかってきて、20秒ほどで切れる。それが一週間も続けば、誰だって大事な用でもあるんじゃないかって考えるだろう。オレもそう思って、勇気を出してその電話をとることにした。
「もしもし」
『あ、こんにちは』
それは品の良さそうな女性の声だった。そんなことになぜかほっとしたオレに、彼女はこう言い放った。

『最近、大切なものをなくしませんでしたか?』

その瞬間、オレは冷水を浴びせられたような気持ちになった。なぜかすぐに例のクマのぬいぐるみの事が頭に浮かぶ。
凍りついたように体中が動かなくなって、しばらく何もできなかった。
『あの…』
困ったように話しかける相手の声にやっと反応して、何とか話すことはできたけれどその「大切なもの」が何であるのかは怖くてきけなかった。不思議な事に、相手もそれについて言及することはなかった。
何度か言葉を交わした後、オレはその「大切なもの」を彼女からひきとることになった。
お互いの名前も言わないまま、彼女と会う段取りだけが整って電話は切れた。

電話を終えてしばらくオレは呆然としていた。ついさっきの事なのに、夢でも見ていたような妙な気分だった。携帯電話に残る着信履歴だけが、それを現実だと物語る。
…冷静になって考えてみればおかしな話だ。「大切なもの」が何であるのか、お互いが誰であるのかも言わずにそれを引き取るなんて、どうかしている。やっぱり止めたいと電話をかけることはできるけれど、それもちょっと怖い。
オレの「大切なもの」がクマのぬいぐるみであることを彼女が知っていたとして、どうやってそれを知り得たのか、なぜ名乗らなかったのか、どうしてオレの携帯電話の番号がわかったのか…考えれば考えるほど疑問は尽きない。
それでもオレは彼女に会って確かめる方法しか残されていなくて、メモをした日付まであまり深くそのことを考えないように努めるしかなかった。



約束した場所は、オレの家からそう遠くない小さな喫茶店。
約束の時間より少し早く着いたオレは、店内に客が誰もいないことを確認して、出入り口が見える目立たない席を店員に案内してもらった。そわそわした気持ちを落ち着かせようと紅茶を注文する。
たのんだ紅茶が出された直後、彼女は現れた。電話の声からイメージした通りの品の良さそうな痩せた初老の女性。60歳くらいだろうか。彼女はひと目見てわかったらしく、何の迷いもなくオレのいる席へ来た。反射的にオレは立ち上がって、どもりながらも社交辞令的な挨拶をした。こういう事は苦手だけれど、仕事で経験だけは豊富にあるから一通りはできる。でも彼女の名前がわからないのでやっぱり微妙な挨拶だったかもしれない。
彼女の注文した飲み物がくるまで、お互い本題には触れずに天気の話とか無難な世間話をしていた。それでもオレは彼女が持っていた紙袋の中身が気になって仕方がなかった。初めて会う人と二人きりでいるというのは、プライベートではあまり経験がない。余裕のないオレと違って彼女はとても落ち着いていた。威圧的でもなく、話している限りでは見た目と同じように人当たりの良い雰囲気だ。

「袋の中身が気になるのかしら?」
「あ、えっと……」
「今日はこれをあなたに返そうと思って」
そう言って彼女が紙袋から取り出した中身は、紛れもなくリトからもらったクマのぬいぐるみだった。半年以上見ていないせいかひどく懐かしい。
ぬいぐるみはリトがゴミを出した通りで偶然見つけたのだと彼女は言った。見た瞬間、ごみではないと思い拾い上げてしまったそうだ。
「良かったし…!」
オレはテーブル越しにぬいぐるみを受け取って抱きしめた。
そんなオレを彼女は物珍しそうに見ていたけれど、すぐにそれは笑顔に変わった。
「あなたも、そのぬいぐるみをあなたに贈った人もお互いをとても大切にしているのね。」
「え…?」
ぬいぐるみの状態がいいのはもちろん大切に扱っとるからやけど、どうしてリトの事までわかるん?とオレが顔に出していたのを見て、彼女は「このぬいぐるみ手作りなのよ。」と言った。
「手作り…?」
「気付かなかった?」
驚いておうむ返しにそう言うのがやっとで、あとは彼女の言葉に頷くことしかできなかった。
このぬいぐるみが手作り…?知らんかった。リトはそんな事言わんかったから、てっきりどこかで買ってきてくれたんだと思っとった。
「ぬいぐるみのベストの刺繍も素晴らしいけど、裏地にも刺繍が入っているのよ。」
そう言って彼女はそのベストをまくって裏地をオレに見せた。二重に折り返されている裾の部分に「親愛なる幼なじみへ」とわざわざオレの家の言葉で刺繍されている。しかもそれは黒の刺繍糸が使われていて、注意して見なければ気付かないくらいさりげないものだった。そしてそのすぐ近くにオレの家と携帯電話の番号も縫いこまれているのがわかった。
オレが感じ入っていると、彼女は同意を求めるように「ね?」と微笑んだ。それから「これは私も手芸をやっているから知っているのだけど」と前置きをして、表に刺繍されている花の色やモチーフにも意味があるのだと教えてくれた。
「刺繍されているモチーフのほとんどはあなたの安全や幸せを願うものばかりだわ。だから、ここまで大切に想われている人がこのぬいぐるみを簡単に捨てるはずがないって思ったのよ。」
それでオレにぬいぐるみを返そうと考えたのだと彼女は続けた。こそばゆい嬉しさに包まれながらオレはしばらく彼女と話をして何度もお礼を言った。

オレはそのぬいぐるみを家に持ち帰り、今まで通りベッドに置いた。結局お互いに名乗る事は最後までしなかったけれど、それを除けば今までの疑問は全て解消された。間違って捨てられるような事態を招いたオレの罪悪感も軽くなってほっとしていた。そう思っていた。


ぬいぐるみの異変に気付くのにそう時間はかからなかった。翌日目が覚めると、一緒に寝ていたはずのそのぬいぐるみは姿を消していたからだ。
「え、なんでいないん…?」
昨日ちゃんと持って帰ってきてここに置いて一緒に寝たはずなのに。寝ていた数時間の間にまたオレは何かしてしまったん?と回想したけれどこれといった過失は思い当たらない。すぐに家中を捜索すると、意外な所でそれは見つかった。
リビングのゴミ箱の横。そんなところにぬいぐるみの姿はあった。
「なんでこんな所におるんよ…」
見つけた時に感じた違和感は、ぬいぐるみに近づくとさらに増した。
オレに見えていたのはクマのぬいぐるみの頭の部分で、そこから下は不透明の黒いビニール袋で覆われていた。覆われているというよりはそのビニール袋にぬいぐるみが入っていて顔だけが見えている、というのが正しいかもしれない。
そのビニール袋には見覚えがあった。これが不透明でなければ間違って捨てられる事もなかったかもしれない、部屋の掃除をした時にこのぬいぐるみを入れたビニール袋だ。
それは昨日ぬぐるみを返された時に感じた心地にも似ていた。その時もこのぬいぐるみはビニール袋に入ったままだったからだ。あんなもの捨ててしまってもいいのに。
それにこのビニール袋は昨晩帰宅してすぐに捨てたはず…クマのぬいぐるみが入っているなんておかしい。
……もしかしてこいつが自分で入ったん?
そう考えれば全て納得がいく。でもどうして?こんな汚いビニール袋じゃなくたっていいのに。
しばらく考え込んだけれど、そもそも理屈なんてないのかもしれないと思い直す。ならばオレの予想が当たっているのかを確かめるのが先決だ。本当はそれすらも少しの恐怖が伴った。でもリトの作ってくれたぬいぐるみだし、このビニールが捨てられるかどうかも知らなきゃいけないしと思いながら、オレは再びそのビニール袋からクマのぬいぐるみを取り出してベッドの上へ置いた。





「ねぇポーランド、あれってオレが前にあげたクマのぬいぐるみだよね?」
リトはリビングの窓辺に飾ってあった例のぬいぐるみを指差す。
「…そうやけど、どうかしたん?」
「どうしてビニール袋に入ったままなの?」
クマのぬいぐるみはビニール袋に入ったまま頭だけが見える状態でこっちを見ている。
「あいつあのビニール袋が気に入っとるみたいなんよー。」
オレは簡潔に答えて苦笑した。リトは「…どういうこと?」といぶかしがる。
「なんかな、何度出してもあのビニール袋に入っとるんよ。」
あいつの家みたいなもんなんよ、と続けるとリトの表情はさらに複雑になった。
結果的にオレの予想は当たっていた。オレがビニール袋に入れて以来、リトからもったクマのぬいぐるみはビニール袋の中が定位置になった。きっとビニール袋を捨てたらぬいぐるみも一緒についていくだろう。だから仕方なくビニール袋は捨てないままでいる。最初は不気味だと思ったけれど、ビニール袋に入っているだけでほかに悪戯したりするわけでもないから、オレはこの状況に不思議と慣れてしまった。
さっきからリトはかわいそうなものを見る目でオレを見ている。…まぁこんな事急に言われても信じられないって気持ちはわかる。
「何リト、オレの言う事が信じられんの?」
オレはクマのぬいぐるみをビニール袋から取り出した。
「そういうわけじゃないけど…」
「じゃーこれリトに貸してやってもいいしー」
そう言ってオレはビニール袋をリトに差し出した。
「何これ」
「ビニール袋に決まっとるし。今日これ持って帰ったら明日にはこいつが入っとるから」
オレはクマのぬいぐるみを抱きながら説明する。
「え、何か怖いよ、いいよ。」
「このぬいぐるみリトが作ったんやろ?怖いとかないし!」
「……ポーランド気付いてたの?」
気恥ずかしそうに赤面するリトに「そんなん当たり前だし!」と強気な事を言って、半ば無理矢理ビニール袋を渡す。リトは「絶対バレないと思ってたのに…なんか恥ずかしい」と悔しそうに呟いていた。
たぶん翌日の朝には、驚いた様子のリトから電話がかかってくるだろう。それを想像するとちょっとわくわくする。お菓子とか賭けておいても良かったかもしれない。
そんな事を考えながら、とりあえずリトがまた遊びに来るまではあのぬいぐるみをしばらく貸し出してもいいかな、とオレは思った。



   fin.


***
ただの恥ずかしい話になってしまった感があります…元ネタは私の夢です。
 「ほらりあ」に投稿したものです。ポーランド単体の話ですが、立波っぽいのでこっちに載せときます。
  …一応ホラーのつもりです。


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