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クリスマスの少し前から商店街や大通りはイルミネーションで飾られ煌々としていた。それは空から降ってくる雪と底冷えのする気温を少しは緩和してくれる光だったが、今のリトアニアにはまだ少し暖かさが足りないような気がした。
家族連れやカップル、一人で歩く老人、様々な人が行き交う大通りの交差点で信号待ちをしながらリトアニアはこれからの事を考えていた。
家では幼なじみのポーランドがリトアニアの帰りを待っている。珍しくメインの料理を自分が作ると言って前日からリトアニアの家に泊り込んでいた。今頃彼は大好きな鯉を調理しているはずだ。残りの料理は普段通りリトアニアが作ることになっていた。クリスマスのための特別な料理を作ろうとリトアニアもはりきってこうして買出しに出てきたのだ。
買い物をしながら家路についていると、リトアニアはいつもより色々考え込んでいる事に気づいた。それはすれ違う人々が楽しそうにしているという事も理由のひとつだが、たぶんそんな情景が一層自ひとりであることを助長しているからだろうなと思った。ひとり言を言うわけにもいかないので黙っているしかないのだが、こんな風に悶々としてしまうのは悪い癖だ、と以前ポーランドに言われたことを思い出してリトアニアは自嘲気味に笑った。
ポーランドならこんな時でも鼻歌交じりに楽しそうにしているのかもしれない。別に今が楽しくないわけではないことをとっさに自分に言い訳しながらリトアニアは大通りを抜けた。
市街地を出るとイルミネーションの数は減るものの、クリスマスのムードは消えることなく続いていた。少し夜空の星が視界に入るようになると時々それを見上げながらリトアニアは歩いた。教会の近くではいろんな催し物をしていて、祈りの言葉が自然と口をついた。耳に入ってくる歌声は今日を迎える喜びと希望と平和に満ちているのに世界中でひとりぼっちになったような気がして、いたたまれない。これからクリスマスパーティーをするというのにどうしてこんな気持ちになるのだろうと思いながら、リトアニアは足を速めた。
家の灯りが見え始めた頃、見覚えのあるシルエットとすれ違った。その姿を確認するよりも先に「ベラルーシちゃん!」とリトアニアは呼びかけていた。
無視されそうになるのを強引に引き止めて挨拶をする。彼女の手はとても冷えていて、髪には雪が積もっていた。
「ベラルーシちゃん、今日うちでクリスマスパーティーするんだ。いつも色々もらってるし…ごちそうするから寄っていきなよ。」
ベラルーシは嫌がったがリトアニアには彼女のいやみなど通じない。すぐそこだから、と半ば強引に家まで連れ帰ると、ポーランドが仏頂面で出迎えてくれた。それはベラルーシが来たからではなく、いつの間にかロシアがリトアニアの家を訪れていたからだった。
「ロシアさん…」
どうしていらっしゃったんですか?と言いかけたがそれはロシアの笑顔にかき消された。
「君たちの家って今日クリスマスでしょう?僕の家は特に何もないから遊びにきてあげたんだよ」
「はぁ…」
ポーランドを見ると不満気ながらも諦めが感じられた。
「仕方ないしー。こんな寒い中追い返す程、オレは性格悪いわけじゃないんよ」
そんな妥協をきいてリトアニアはほっとした。ポーランドが自分の意思で入れたのならよっぽどの事がなければケンカしたりしないだろう。
リトアニアの隣にいたベラルーシはロシアの姿を確認して帰る気をなくしたようだった。
バルトの二人も呼んだんだけど、大丈夫かな…とリトアニアは不安を抱えながら調理のためにキッチンへと消えた。
リビングにはロシアとポーランドとベラルーシの三人。なんとか均衡を保ちながらしばらく沈黙が流れたが、それはやがてチャイムによって崩れた。ポーランドが玄関を開けると外に立っていたのはウクライナだった。
「まぁ、ロシアちゃんたちもきていたの?」
思いがけずに弟たちに会ったので嬉しそうにウクライナは笑った。
「なんか知らんけど勝手に来たんよー」
ポーランドの口調からするとウクライナは彼が呼んだらしい事が伺える。リトアニアはそんな事きいてなかったが、面子的に彼女が来てくれて助かったと思った。同時に人数に対して料理足りるかな?と不安になった。
「あの…これ。差し入れよ。口に合うといいのだけど」
そう言ってウクライナは手に持っていたバスケットをリトアニアに渡した。すぐに中身は見なかったが甘い匂いがしたのでおそらくお菓子だろうなとリトアニアは思った。彼女はまだ調理が進んでいないキッチンを見て、手伝いも申し入れてくれた。久しぶりに兄弟水入らずで話をしたいだろうとリトアニアは気遣ったが彼女は「大丈夫」と昔と変わらない調子で言った。
料理が出来上がった頃、エストニアとラトビアが訪ねてきた。彼らはリトアニアと同じように出迎えたポーランドの奥に見えたロシアの存在に驚いていたが、すぐに平静を取り戻したエストニアが挨拶をして無難にその場を取り繕った。
「いらっしゃい、エストニア、ラトビア」
リトアニアがリビングに顔を出してそう言うと、「メリークリスマス!」と返ってきた。
エストニアとラトビアはクリスマスプレゼントがわりの差し入れをそれぞれ持ってきてくれたので、食卓がさらに賑わいそうだな、とリトアニアは思った。
「料理お皿に盛ったらパーティー始めようか。もう少し待ってて。」
二人にそう言って受け取った差し入れを持ってリトアニアはキッチンへ戻った。
「お皿、これでいいかしら?」
食器棚から人数分の食器を取り出す作業にウクライナは苦労していた。
「はい、ありがとうございます。残りはちょっと高い場所にあるのでオレが出しますよ。」
リトアニアは普段はこんな大人数で食事をすることがないからなぁと思いながら、ウクライナに料理を皿に盛る作業を頼んだ。
「なぁなぁ料理まだなんー?」
待ちかねたポーランドがキッチンに顔をのぞかせた。
ポーランドはロシアが来た頃くらいから勝手にウォッカを飲み始めていて、テンションはいつにも増して高かった。リトアニアもたしなめたところで彼が言うことをきくはずがない事はわかっていたので何も言わなかった。
「もうできてるよ、これ運んでくれる?」
お前の作った料理がメインなんだからちゃんと場所考えてよ、と付け加えてリトアニアは一番軽そうな皿を渡した。ポーランドが料理を運んできたのを見てエストニアたちも手伝いを申し出たのであっという間に料理の準備は整った。
「…なんかね、私思うのよ。」
最後の皿をリトアニアが運ぼうとした時、ウクライナがぽつりとそう呟いた。
リトアニアは手を止めて「どうしたんですか?」と訊ねた。
「幸せだなぁって。ここに来る時はすれ違う人たち皆幸せそうで、私だけ一人みたいで…変よね、これからパーティーによばれてるっていうのに。」
「ウクライナさん…」
「妙に寂しくなったの。イルミネーションのあかりとか笑い声を見たり聞いたりするだけで。だからロシアちゃんたちの顔を見た時とっても嬉しかった。」
呼んでくれてありがとう、と続けるとウクライナは気恥ずかしさを隠すようにさっさとリビングへ行ってしまった。
「オレも…こうして皆で一緒にすごせる事が嬉しいですよ。」
誰に聞こえるわけでもないのにリトアニアはそう言った。
…なんだ、みんな一緒じゃないか。
何も変わらないはずなのに妙に孤独感がある事も、こうしていられる今が泣きそうなくらい嬉しい事も…ただ幸せになりたかっただけなんだ。
抱えていた気持ちの整理がつくと、清々しくて全てが希望通りに行き過ぎて怖いくらいだとリトアニアは思った。
色々と考え込もうとしたその時、ポーランドがリトアニアを呼びに来た。ポーランドは「リトが来ないと始められないんよ」と言うと、リトアニアの腕を掴んで早く来るように促した。
「うん…ごめんね」
驚いて言葉があまり出てこないリトアニアはやっとそれだけ言った。
「もう、何辛気臭い顔しとるんよー。今日はクリスマスなんよ!?せっかく皆いるんやからもっと笑えんの?」
そう言ってリトアニアの頬を軽く抓る。
「ちょ…痛いって、ポーランド!料理落としちゃうよ!」
リトアニアの慌てふためく様子を見てポーランドは笑った。そこへ「ねぇ、君たちなに戯れてるの?僕さっきからずっと待ってるんだけど。」とロシアが顔を出した。こちらもポーランド同様、待ちくたびれてすっかり出来上がっている。
「あ、ロシアさん、すみません今行きます!」
リトアニアはそう返事をすると、ポーランドに「行こっか。」と微笑みかけた。ポーランドはじっとリトアニアの顔を見た後「…それでいいんよ」と呟くと、照れくさそうに目を反らした。
再び腕を掴まれてリトアニアの前をポーランドは歩く。彼の導く先には、自分の家とは思えない程飾り付けられた部屋と大好きな人たちが待っている。
ふと、既視感のような不思議な感覚に満たされる。それを優しさとか幸せとかそういった言葉でしか表せない自分を少し不甲斐なく感じながら、今夜は楽しく笑えるに違いないとリトアニアは思った。



   fin.


***
バンプの「Merry Christmas」を聞きながら。
いろんな人がいて、いろんな事があるけれど、皆「幸せになりたい」って当たり前の事を思いながら生きているのだと思います。そしてできればいつでも周りに優しくする余裕があったらいいよね、その連鎖が笑顔とか幸せに繋がるんだよねって今更ながら思います。

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