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※文中に出てくる楽器や作曲者の話は管理人の中途半端な知識とフィルターがかかっており、確証はありません。鵜呑みにしないで下さい。
あくまで話の流れ上のネタです、ご了承下さい(疑問に思ってもスルーして下さい)。
鮫が張り切っているとろくな事が起こらない。それはオレだけではなくヴァリアーの常識だ。大したランクでもない任務を楽しみにしている時などは、同行する下っ端共に同情したくなることもあるくらいだ。
「ボスさん、今回の演奏会はすげぇ珍しいぞぉ!絶対行きたくなるぜぇ!!」
鮫の自信は当然だった。
小さなホールで開かれたその演奏会はすぐに満席になり、後方は立ち見客で溢れていた。
使用された楽器が名器と名高いストラディバリであった事と演奏会が無料であった事が主な理由だが、鮫がオレを得意気に誘った理由はそれだけではない。ストラディバリはバイオリンではなくヴィオラであった。
バイオリンの代名詞のように思われがちだが、ストラディバリはバイオリン以外の楽器も製作している。
ヴィオラは今日に至っても規格が統一されていない弦楽器である。故に大きさや重さの異なるそれは響きも確実に一本一本が個性的なものとなる。
プロの演奏者の愛器はそれぞれ特徴があるが、殊にヴィオラにおいては演奏の個性が演奏者と楽器にはっきり表れる。
ましてやストラディバリのヴィオラともなれば希少価値もさることながら、演奏者の質も問われる。
そのような演奏が無料で聴けるとなれば、日頃音楽に関心のない者でも聴いてみようという気になるものだ。ましてやそれが音楽好きな者なら是が非でも聴きたいと思って当然だろう。
かくいうオレもこの演奏会には興味が湧いた。鮫が自信満々にこの話をもってきただけの事はある。
この楽器は普段スポットが当たらない。協奏曲など数えるほどしかないくらいだ。ヴィオラの演奏会というだけでもレアなのだ。
この演奏が聴けるなら立ち見でも文句のある者はいない。不本意だが男二人が前の席を陣取っていると目立つので、オレとカスは座席のすぐ横で立って聴いていた。
若いヴィオリストは深紅のドレスを着た黒髪の女だった。典型的なイタリア美人だ。歩く姿もモデルのように美しく、街中ですれ違えば大抵の男は振り返るだろう。
その容姿に客は目を奪われていたようだが、隣の鮫はオレはそんなものを見にきたんじゃねぇとでも言いたげに平然としていた。
初めに演奏された曲はバッハの無伴奏チェロ組曲であった。チェロと弦の配置が同じヴィオラではチェロの曲が演奏される事は珍しくない。それ程ヴィオラのための曲は少ないのだ。全曲弾くと時間がかかるため抜粋ではあったが、無料のコンサートらしく一番のプレリュードや3番のブレなどメジャーなナンバーが演奏される。
奏者の後ろには伴奏のピアノが控えており、無伴奏チェロ組曲が終わると突然伴奏者がピアノを弾き始めた。バッハの息子の一人、J.C.Bachのヴィオラ協奏曲である。荘厳にホール内に響き渡るハ短調のその旋律は演奏者と楽器の質をもってヴィオラの魅力を伝えるには十分であった。その後も休憩を挟んでいくつかのソナタや耳に馴染みやすい曲が演奏された。
演奏が終わると拍手が絶え間なく鳴り響いた。それはたっぷり五分は続いたが、演奏者が楽器を構えるとぴたっと止んだ。
アンコールはバルトークのヴィオラ協奏曲の三楽章であった。バルトークの遺作であるそれはテンポも速く技術を必要とする現代音楽である。バロック時代の音楽がメインだったこの演奏会では異色だが、聞く者が聴けばその演奏は挑戦的でサービス精神に溢れたものと言えるだろう。
エネルギッシュな演奏が終わると、ほんの僅かな間無音になり、それからまた怒涛の拍手と感嘆の声が上がった。
「なぁ、凄かっただろぉ?」
帰路につきながら、鮫は自分が演奏したかのように誇らしげに語りかけてくる。
「ああ」
短く返すと、鮫は「オレはバッハのコンチェルトが良かった」と呟く。
「どうせお前が気に入ったのは三楽章だけだろうが」
終曲である協奏曲の三楽章は大抵テンポが速く技術を必要とするものが多い。鮫は派手な曲を好む。アンコールなどたまらなかっただろう。
「う゛ぉ、それもあるけどよぉ…三楽章の最後の部分、一楽章と全く同じだろ?あれだけ派手なメロディーがあるのにああいう終わり方するのも悪くねぇし、割とオレ好きかもしんねぇ。」
「一応聴いた事あんのか、J.C.Bach」
あの協奏曲自体はヴィオラ奏者にとってメジャーな曲だが、一般的には知られていない。
「大体のプログラムはわかってたからなぁ。ちょっと予習したんだぁ」
「…曲目わかってたのか?」
普段はオレが嫌がっても演目予習させるくせに、乗り気だった今回それをしなかったとはどういう事だ?何か企んでやがるのかこいつ。
一発殴ってやろうと運転席の鮫を見る。
「う゛ぉ゛おい、ボスさんやめろぉ!誤解だぁ!その手をしまえぇ」
「あぁ!?」
「別にプログラムを知ってたわけじゃねぇよ。大体予想がついたんだぁ。」
鮫は片手でオレを諌めながらわめく。
「意味がわからねぇ」
見当がついてたならお前の性格なら予習させるだろうが。オレをどうしたいんだこのカス鮫。
「あの女の演奏な、オレ初めてじゃねぇんだよ。以前も聞いた事あんだぁ!」
鮫の話をまとめると、ヴィオリストの女は実力だけでのし上がった若手の中では注目されている天才らしい。貧しい家庭に生まれたが、運良く奨学金を手にし、ストラディバリを貸与される程の名声を手に入れた幸運な女。
鮫がそこまで話して黙り込む。やはり何か企んでいるようだ。
「…グァルネリのヴィオラがよぉ、確かボンゴレにあったよなぁ?」
「あったら何だ」
「オレあれの音聴いてみてぇんだぁ。普通金持ちってのは買い漁った楽器を演奏家に貸与するだろぉ?そのまま持ってるだけなら宝の持ち腐れだからなぁ。それともあれはやましいルートで手に入れた外に出せないもんなのかぁ?」
どうやら鮫はストラディバリを弾きこなすあの女のグァルネリが聴いてみたいらしい。
「そんなにあの女が気に入ったのか」
「違ぇ、あの女の演奏が、だ」
「大して変わらねぇだろうが」
オレに予習させなかったのはあの女の演奏を予備知識なしで聞かせて感動させてグァルネリを弾いてもらうための算段だったわけだ。
だが残念だったな、カス鮫。オレはあの女を知っている。演奏を聴いた事はなかったが、だからこそ今回の演奏会に興味を持ったんだ。
「なぁボスさん、ダメかぁ?」
わざとらしく上目遣いで鮫はオレを見て、答えなんか決まってるだろう、と訴える。
「…いいだろう。今日の演奏会は悪くなかった。褒美だ。」
「Grazie」
望み通りの結果に鮫は満面の笑みを浮かべた。あの女にグァルネリを弾かせる段取りを考えているのか、ご機嫌な鮫の鼻歌は帰宅するまで続いた。
現金な奴だと呆れたが、今日は殴らずにいてやった。その代わりあのヴィオリストのストラディバリがボンゴレのものだという事は黙っておいた。
fin.
***
J.C.Bachのヴィオラ協奏曲は偽作と言われたりもしていますが、話の流れ上そのままで。
バルトークの協奏曲は未完の遺作です。
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