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「リト、今から海行くしー!」
おやつのパルシュキをほおばりながらポーランドが言った。
「今から?どうしたの、急に…」
ポーランドが思いつきでこんな事を言うのは今に始まった事じゃない。もしかしたらポーランドなりの理由があるかもしれないけれど、少なくともオレにとってそれはいつも唐突だった。
「なんかな、行きたくなったんよー」
特に理由はなさそうな口調でポーランドは答える。オレの返事なんてきかなくても、行く事は決定しているみたいだ。
「…行くのはいいけど……今から行ったら夜になっちゃうよ?」
「海に行きたいだけやから、別にそれでもいいんよ。」
ポーランドはそう言ってテーブルの上の紅茶を飲み干すと、オレの事なんか構いもせずに自室に戻っていった。


「リトー、そろそろ行かね?」
一時間ほどして戻ってきたポーランドはリビングからそう叫ぶ。オレが食器を洗い終わってリビングを見てみると、ポーランドはソファーで寝そべっていた。待ちくたびれたらしく、その手には新しく開けられたお菓子がある。
でもオレが目を疑ったのはそんなポーランドより、彼の用意した荷物だった。
「何、その荷物…」
思わず口にしてまじまじとポーランドの足元に置かれた荷物を見る。
旅行カバンではないものの、それに匹敵するくらいの大きなトートバックが二つ。他にも荷物はあったけれど、たぶんあの大きなトートバックはオレが持つんだろうなぁと直感的に思った。
「なんか色々考えてたらこうなったんよー」
悪びれもせず言われて言い返す気力もなくなったオレは、ポーランドにそのまま外に連れ出された。


家から一番近くの海に着いた時にはもう陽は沈んでいて、東の空に半月が浮かんでいるだけだった。外灯のない場所なので、足元がどうなっているのかよくわからない。ゆっくりと足場を確認しながら歩くオレを誘導しているつもりなのか、身軽なポーランドはオレを引っ張ってどんどん海岸へと向かう。
「ちょっ…ポーランド、歩くの早いよ!オレの持ってる荷物結構重いんだからね。」
「……じゃあ半分持ってやってもええよ。」
家を出た時からオレはその荷物を持っているのに、振り返りざまにポーランドは初めてそれに気付いたように言った。
手を伸ばして笑うポーランドの不敵な表情が、不意に出会った頃を彷彿とさせる。出会いの印象は常にその別れともセットで、思い出さなくていい余計な記憶まで甦る。
「……っ…」
「リト、どうしたん?」
「…ううん、なんでもない。」
その声に何とか平静を取り戻すと、オレは差し出された手にトートバックをひとつ渡す。ポーランドは文句も言わずにそれを受け取った。こんな事滅多にないから、彼は今とても機嫌がいいのだろう。
「……この辺でいいやろ」
そう呟いたポーランドは、鼻歌を歌いながら浜辺の防風林の近くにレジャーシートを広げ始めた。荷物を降ろしてオレもそれを手伝う。
一体ここで何をするつもりなんだろう、と喉元まで出かかったその疑問も、楽しそうなポーランドの前ではあまり意味をなさない事に気付いて、口にするのをやめた。
海風は冷たくはなかったけれど、汗をかかない程度には涼しい。目が慣れてくると、だんだん夜空の星も見えるようになった。
ポーランドはレジャーシートにごろんと寝転がって、空を指差しながら珍しく星の話を始める。
オレもポーランドに倣って寝転がり、夜空を眺めながらその話を聞いた。思いつくまま喋るポーランドの声は、遠くで響く波の音と相俟って心地いい。そんな状況に少しまどろみかけた頃、ポーランドが突然浜辺の方に行こうと言い出した。今度は何をするつもりなのだろうと思い、ポーランドの方へ目を向けると自分で持ってきたカバンの中を探っている。
「泳ぐ…わけじゃないよね?」
ポーランドがカバンの中から何を探しているかまでは見えないオレは一抹の不安を覚えてそう尋ねる。
「さすがに今は泳がんしー。ちょっと波打ち際まで行きたいんよー。」
「ならいいけど…」
ビーチでもないこの場所で泳いでも、シャワーを浴びたりはできないからどうするつもりだろうと思ったけれど、その言葉をきいてほっとする。
元々人気のない海岸なので荷物はそのままにして、オレはポーランドに急かされながら浜辺へと向かった。
ポーランドは泳がないと言っていたけれど、気付けば既に履いていたサンダルごと海に入っていた。
「結構冷たくて気持ちイイしー。リトは入らないん?」
ポーランドは子供が水遊びをするように、片足ずつ波の中で大きく足踏みのような動作を何度かして見せる。
「足くらいなら入ってもいいけど…転ばせたりしないでよ。」
ポーランドはどうかわからないけれど、オレは何の準備もしていないから替えの服なんて持っていない。シャワーもないこんな場所でずぶ濡れになるのはごめんだ。
「…たぶん大丈夫だしー」
「たぶんって何なの…」
オレは履いていた靴を脱いで手に持ち、ゆっくりと波に足を浸した。確かにポーランドの言った通り冷たい。
ポーランドはズボンの裾を曲げて膝が浸るくらいの深さの所まで海に入っていたけれど、オレは裸足だったせいもあって、波打ち際のあたりをポーランドと並行に歩いた。
海面に光る一条の月明かりの帯が沖の方からオレたちに向かって波打ち際まで伸びている。
ポーランドは時々海水を両手で掬って遊んでいて、両手から零れる小さな水滴が風に舞うと、月光に反射してきらめくので思わず見とれてしまう。視界に映るものや、今自分が立っている事さえあやふやな感じがして、全てが幻想的だ。そう言ってしまえば現実味がないけれど、こんな風に意味のない時間を意味のあるものとして過ごすのは久しぶりで、月明かりに照らし出された影がなければオレはその雰囲気に飲み込まれてしまっていたかもしれない。
特に何か話をするわけでもなくしばらくそうやって歩いていると、ポーランドが何かを思い出したらしく、「あ」と小さく呟いた後、オレに向かって「そろそろ戻るし」と言った。
「うん」とだけ返して、オレは言葉ひとつで現実へ引き戻される感覚に少し戸惑う。もう少しだけこの情景の中にいたいという未練はあったけれど、いつまでもこうして波打ち際を歩いているわけにもいかないと思い直して、ポーランドの言葉に従うことにした。


「リト、飲も。」
ポーランドは戻って開口一番にそんな事を言った。そしてトートバックから出してきたお酒をグラスに注ぐ。
「お酒持ってきたの…?」
こんな場所で飲むとは思っていなかったし、オレ自身はそんな気分でもなかったから余計にポーランドの言動に苦笑する。
「たまにはこういう場所で飲むのもいいやろ?冷えとらんけど…少し前までは冷蔵庫とかもなかったんやし。」
「そ、そうだけど…」
夜の浜辺で酒が飲みたいって言うとオレが反対するって予想がついていたからこんな唐突な行動に出たのかなあ、なんて考えてみたりもしたけど、こういう夜の過ごし方も悪くない。言いたい事はたくさんあるけれど、オレには真似できない行動力のある彼が好きだから、こんな考えは結局うやむやになって受け入れてしまう。
「ほら、リトの分」
「ありがと」
ポーランドがオレにお酒を注いでくれるなんてとても久しぶりな気がするなぁと思いながら、おもむろに差し出されたグラスを受け取る。
「月は半月やけど星も見えるし、今日の空はまあまあやね。」
一気にグラスの中のお酒を飲み干してからポーランドはそう呟いた。
「まあまあって…」
「だって昔よく見てた夜空はもっとキレイだったやろ?」
そう言いながらポーランドは二杯目のお酒をグラスに注ぐ。
「…今日は昔の話ばっかりだね。ポーランド何かあった?」
「……別に何もないし。たまにはこういうのもいいかなと思ったんよ。またすぐ寒くなるし、夜通しこんな所で酒飲むなんて今しかできないやろ?」
「うん…」
確かに最近は夜空を見る機会は少なくなったと思う。何か特別な事がない限り、都市のネオンを見に行く事はあっても、夜空をわざわざ見る事は今までなかった気がする。
そう考えると、ポーランドが人気のないこの浜辺までオレを連れてきた理由がわからなくもない。波の音だけが響くこの浜辺は、月明かりに照らされた風景をさらに懐かしくさせる。
「あ、そういえばつまみも持ってきたんよー」
オレが過去の情感に満たされそうになりかけた矢先に、ポーランドはそんな雰囲気を壊す俗物的なことを言う。
「お菓子ばかりだね…」
ポーランドは荷物の中からたくさんのお菓子を出してきた。しかも甘いものばかりだ。こんな場所だし、つまみの質に文句を言うつもりはなかったけれど、少しは塩辛いものとか甘さ以外の要素のあるつまみが欲しい。
それにさっきポーランドが言った事を思い返すと、今夜はずっとここにいるつもりのようだ。…つまり夕食はとれなくて、その代わりにお酒とつまみでお腹を明日までもたせるしかないって事だ。
うかつだった…もう少し詳しい事を聞いていれば何か準備できたかもしれなかったのに。
今更そんな事考えても意味のない事だということはわかっていたから、余計な事を考えないようにオレはグラスのお酒を一気に胃の中へ流し込んだ。そして、とりあえずポーランドに食べられるであろう大量のお菓子を自分用に少しは確保しなくてはと思い、積極的にお菓子を開けた。

それから数時間が経つ頃にはオレもポーランドもかなりの量のお酒を飲んでいた。海風が涼しいので意外とすっきりとした酔い心地だ。このまま横になったらぐっすりと眠れそうな気がする。

「リトー、月が変な形しとるー」
ポーランドは声を弾ませながら月を指差す。
「え…そんなことないよ。普通の半月でしょ。」
ポーランドにどんな風に見えているのかわからないけど、オレの目には月の形は変わったようには見えない。
「…でもこれから満ちていくんやろ?」
「うん」
ポーランドはオレがそう答えるのを聞くと、目を細めてお酒の入ったグラスを月明かりにかざす。グラスから漏れる光は、さっき見ていた波のように清らかでとてもきれいだ。
「月…きれいやね」
ポーランドはグラス越しの月をうっとりとした目で眺めながらそう呟く。
「うん、そうだね…」
これくらいの返事しかできないオレも明らかに飲みすぎだけど、こんな夜もなかなかのものだなと思う。
瞼を閉じると、海風がお酒で火照った身体を冷ましていくのがわかる。それはとても心地よくて、オレたちをまどろみに誘うには十分だった。こんな風に寝付ける事ほど幸せなことはないと思う反面、眠るのがもったいない気もする。
横になってもう一度夜空を仰ぐと、相変わらずの半月とその少し離れたところで星が瞬いている。ポーランドの言っていたように、見える光は昔より少なくなっている気がした。けれど、こうして彼が隣にいるから昔と変わったことなんて何もないんじゃないかと思ってしまい、自然と笑みが零れる。
そんな幸せをもうしばらく味わっていたくて、ほんの少しだけ満ちてゆく月をオレはぼんやりと眺め続けた。



   fin.

***
「リトアニアミレニアム」に投稿したもの。テーマは「海へ行こう」。

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