忍者ブログ
≪二次創作倉庫≫PC閲覧推奨
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

無理矢理ロシアさんの家に連れてこられた日から、オレの日常は変わってしまった。
瞼の裏にいつでも蘇るほんの少し前までの記憶。
澄み渡る空も人々の笑い声も秋風に揺れる黄金色の穂も、もう今はない。そしてその穂と同じ色の髪を持つ無邪気な幼なじみの境遇すら、今のオレには知り得なかった。

「ねえリトアニア、今夜僕の部屋に来てね。」
そう言って表情をゆるめるこの人は、かつてオレの知っていた面影をその笑顔に残す。いや、童心を失わずに大人になったような感じか。
とにかくその無邪気さと残酷さは隣り合わせで、この人はまるで自覚がないみたいだ。
「…わかりました。」
そう答えるほかないのに、この人はほかに選択肢があるような言い方をする。
まるでオレがロシアさんとの同衾を望んでいるみたいじゃないか。拒否する権利すらないオレに主体性があるような錯覚を持たせるなんて卑怯だ。
…きっとこれもこの人の幼さが無意識でやらせていることなのだろう。
この人の生い立ちが安らぎに満ちたものではない事は知っている。それでもオレは同情なんかしない。辛いことなんて誰にでもあるものだ。災禍はこの人の身にだけ降りかかるものではない。現に今、この人はオレをこうして支配しているのだから、自分ひとりだけが被害者であるような気持ちでいられても逆に癇に障る。
オレだってずっとこの人の下で生きていたいわけじゃない。またいつかはひとつの国として誰からも認められるような存在になりたいし、そうでなければ国として生まれた意味がないと思う。
でもそれを叶えるためには、こうして大人しく従っている方が賢明な場合もあることをオレは知っている。
…まだだ。今はまだ蜂起の時機ではない。もどかしいけれど、追い風が吹くのを待つしかない。

そんな不毛なことばかり考えながら、オレは身支度を整えてロシアさんの部屋へ向かう。

この家に来てから、毎晩のようにロシアさんはオレを呼ぶ。それが今では当たり前のようになっているけれど、それまでエストニアたちがどういう扱いを受けていたのかをオレは知らない。知りたくもない。
ひとつだけ言えることは、ロシアさんの一番のお気に入りの玩具が今はオレであるということだけだ。
それはやっぱり周りも知っていて、時々哀れみの目を向けられる。それがひどくいたたまれない。そしてロシアさんはそれをわかった上で、意識的にオレを人前で呼びつけるのだ。それがひどく苛立たしい。
わざとオレを焚きつけて一体何がしたいのか――そんな事考える間でもないのに。本当は知らないふりをしている自分が一番卑怯だとわかっている。だから命令されている、そう理由付ける事でオレもロシアさんもこの事態を丸く収めようとしているだけなのだ。

でも知りたい。どうして、いつまでこんな茶番を続けるのか。オレがあの人を抱いてあの人に何の得があるというのかをあの人の口からききたい。そんな欲求だけがどんどん膨らんでいく。
きっと答えてはくれない。そもそもあの人にはオレの質問になんて答える義務すらない。だから真実には辿り着けない。それを仕方のない事だと諦める自分と、胸を抉られるような苦しさを持つ自分がいる。
…結局オレはあの人に惹かれていて、同情するまいといきがっているだけなのか。体を手に入れても心がどうかわからないからこんなに苦しいのか。
告白の言葉なんて望めない立場だけれど、その気持ちひとつわかるだけで少なくともオレは救われるのに。


「リトアニア?」
「あ…なんでもないです。」
不思議そうにオレを見つめるロシアさんは本当に子供のようだ。オレは命令されてここにいるだけなのに。本当はあなたに付き合う理由なんてないのに。
「どうしたの、顔赤いよ?風邪でもひいてるの?」
顔が赤い?…本当に、人の気も知らないで。
「…して、どうしてあなたなんか……」
あなたなんかを好きになってしまったんだろう。もっと努力しがいのある恋がそこらへんにいくらでもあるはずなのに。その言葉が脳裏によぎる度に、絶望的な感覚に襲われるオレの気持ちがこの人にわかるだろうか。
「え、何?」
単純にオレを心配してくれているだけなのかもしれない。まるで何も罪など犯した事のないようなあどけない瞳にはその奥の腹黒さなんて見せもしないで。
…だからこそ確かめられずにはいられないのだ。
この人の無邪気さがオレをそう仕向ける。そう思って自分を無理矢理正当化させる思考がもう随分前から定着してしまった。

だからこれでいいんだ。
後悔はもうしている。あの人を抱いた時から全てがもう遅いとわかっているから。

神様、これからオレが言う言葉をこの人がどうか笑い飛ばしてくれますように。
オレはそう祈りながら口を開いた。

「あなたが、好きです。」
「……リトアニア?」
きっとこの人の目に映っているオレはものすごく滑稽なんだろう。オレの言った言葉は混乱を招くだけなのに。
「だから…これ以上あなたを抱くのは辛い。」
こんなばかみたいな事ばかり口走って、どうかしている。
でももう遅い。告白は始まってしまった。
――ならばせめてもうひとつだけ。どうしても知りたい事がある。

「あなたは…どうなんですか?」
「え?」
「あなたは…オレの事をどう思っているんですか?」
きっとオレは泣きそうな顔をしているに違いない。
でももうそんな事構っていられない。ここまできたら、その答えをきくしかオレには道がないのだ。

「リトアニア…ごめんね。」
少し考え込んだ後、ロシアさんはそう口にした。
「え?」
「そういえば僕ずっと言ってなかった。一番…大事な事なのに。」
悪戯をした子供が謝るように俯いて、それから小さな声で「好きだよ」と続ける。
それはオレが一番望んだ言葉のはずなのに、自分の耳が信じられなくて、何度もロシアさんの言葉を頭で繰り返す。
ロシアさんがオレと同じ気持ちだなんて信じられない。嬉しくて、どうかなりそうだ。
でも、もう一度きけたらオレの幻聴ではなく現実だと信じられる気がする。
「あの……もう一度言って下さい。」
そんな期待を込めてオレはそう言う。
…たぶん恥かしがって言ってくれないんだろうけど。
その前にオレにもう一度告白を強いるであろう事も容易に想像できるのに、その時のオレはそう乞わずにはいられなかった。
でももう一度この人に好きだと言えたら、きっとオレは幸せな気持ちになれるだろう。そうすればこれからは自分の意思でこの人の部屋に来るんだ。そんな理由が欲しくてオレはやっぱりこの人を利用しているのかもしれないと思ったけれど、好きな人といる事を強制されるよりはずっといい気がした。



   fin.


***
タイトルはテオドラキスの曲名から。
エピタフィオスは復活祭前にキリストを悼むギリシャの行事(あるいはその行事でキリストの棺に見立てたものを指す)。

拍手[0回]

PR
色々
ブログ内検索
カウンター
バーコード
アクセス解析
Admin / Write
忍者ブログ [PR]