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御手洗潔シリーズ
御手洗と石岡くんの話


 それは分厚い本を読み終えた直後のような清々しい気分だった。
 今なら何を言われても許せそうな気がする。そんな風に思うのはもう随分久しぶりな気がして、私は珍しく上機嫌な朝を迎えた。
 ただ、どうしてそんな気分なのかは全くわからなかった。
 昨夜も普段と変わらない一日を過ごして眠りに付いた。これといって特別な事は思い当たらない。
 決定的なのは夢で、これはもう何十年も定期的に見る、私にとっては悪夢の部類に入る内容だ。その夢は理想的な形では終わらず、何度見ても最悪の結末を迎える。
 どうしてそんな夢を見た後でこうも高揚した気分になっているのか。この夢を見るのに慣れて、もう思い入れがなくなったのではないかという気持ちにさえなってくる。

 目を開ける前から感じていた朝陽は心が表れるようだった。
 窓がいつの間にか開いていて、少し冷たい風がカーテンを揺らす。昨夜から開いていたのだろうかと一瞥しただけのそれにもう一度目をやると、信じられない光景が目に飛び込んできた。

「…御手洗?」
 数秒の沈黙の後、私はようやくそれだけ口にした。

 これは夢だ。
 自分の都合のいいように世の中が動いているわけじゃない。そんな事はもう今まで嫌になる程体験した。もういい歳だ。それくらいわかっている。
 ではこれは何だ?この現実を認めろというのか。それともこれはいい歳だから見る幻覚の類なのか。
 逆行で表情はよくわからない。けれど知人がそう多くない私にはそれが御手洗であるという確信があった。
 一方で、やはり彼がここにいるのはどう考えてもおかしいという嫌悪に近い感情もあった。
 現にさっきから私が「御手洗」と呼ぶ人物は何の反応もしないではないか。

「御手洗だろう?」
 もう一度同じ問いかけをする。
「君は僕の顔を忘れてしまったのかい、石岡君。」
 返ってきたのは私のよく知っている皮肉屋な男の声だった。
「忘れるわけないだろう、御手洗。最初から君の名前を呼んだじゃないか。」
 私がそう言うと御手洗は誕生日だからね、と笑った。
 彼は私が次に口を開く時にどうしてここにいるのかとたずねる事を見越してそう言ったのだ。御手洗という男はそういうやつだ。
「誕生日?」
 目の前の事実すら受け入れ難いというのに、その言葉は益々私を混乱させた。
 大体今まで誕生日だからといって特別な事をされた覚えはないし、私も大した事はしてこなかった。お金にさえ執着のない彼がこんな事でわざわざ訪ねてくるなんて、もう人が変わったとしか思えない。
 御手洗に言われた事を鵜呑みにしてしまう私でさえ根本的な部分は若い頃とそう変わってないだろうから、当の本人がこんなお手軽な人間であるわけはないのだ。
「サプライズってやつだよ、石岡君」
「人の心を読むのはやめてくれ。」
 私がそう言うと、御手洗は心外だとでも言わんばかりに掌を見せてわざと困った顔をした。
 確かに私が何を考えているのかを推し量るのは彼にとって造作もない事だろう。ならば心外なのは私の方だ。悪夢を見た後の爽やかな目覚めの違和感はもしかしたら彼が原因なのかもしれない。
「…夢を見たよ、御手洗。」
「夢?」
 御手洗に思考を読まれまいと話題を変える私の話に彼は興味を持ったようだった。
「昔の夢さ。わかるだろう?君も出てきたよ。…もう一人の僕もね。」
「キャストはそれだけじゃないだろう?」
 からかうように御手洗は言ったが、私はそれ以上喋らなかった。自分で口にせずとも良子の名が出てくるのは時間の問題だった。
「君は変わらないね、石岡君」
「君も変わらないだろう?」
 私の問いかけに、そうかな、と御手洗は言った。
「僕が変わらないんだ、人一倍頑固な君が変わっているわけないじゃないか。」
 私が得意気にそう言うと、御手洗は一瞬目を丸くして、君がそう言うのならそうかもしれないな、と呟いた。
 私の話をまともに聞く事すらあまりなかった男が急に素直にそう言うものだからなんだか気味が悪くなって、もしかしたらこれも夢なのかもしれないと思った。

「…寝る」
「え?」
 私が急にそう言って布団をかけなおしたので、御手洗は少し驚いていたようだった。
 まぁその理由もわからないわけではない。せっかく誕生日にサプライズとしておしかけたにも関わらず、その相手と少し言葉を交わしただけで寝直されれば誰だってそうなるだろう。
 だが私にとって目の前の男は夢なのだ。幻覚と言ってもいい。きっと次に目が覚めた時には何事もなかったかのように彼は消えているだろう。
 私が目を閉じてじっとしていると、御手洗が大きなため息をつく。しばらく部屋の中を歩き回る音が聞こえたが、気にしなかった。
 そして十分も経たないうちに御手洗は出て行ってしまった。
 間際に彼は私に向かってはっきりとした口調で慣用句のようなものを述べた。私にとってそれは聞いたことのない言語で、彼はわざとそうしたのだろうとなんとなく思った。その言葉の意味は想像がつく。誕生日だから来たと言っていたのに、彼は私に誕生日に関する常套句を言わなかったからだ。
 御手洗潔という男はつくづくひねくれているなと思う。世間ではそれは気障な振る舞いと認識されるのかもしれないが、彼との付き合いが長い私にはそれが無意識にされたものだとわかる。
 不思議な事に御手洗がここまでしてくれたにも関わらず、それは目覚めた時のよう晴れやかな気分にはならなかった。これは私にとって複雑な夢という事にしたいのだと本能的に思っている結果なのだろう。
 それでもこの事実を目覚めのいい夢にしてしまいたくて、私には寝直すという選択肢を実行する事にした。陽が少し高くなってまどろむには丁度いい具合だった。

***
石岡和己60歳(石岡君還暦祝いプチオンリー)で主催者様のスペースに置いていただいたペーパーに載せてたやつです。
諸事情で参加できなくなってからご厚意でペーパーを置いてもらえる事になって急遽書き直した。里美ちゃんとかレオナとかも出したかったなぁ…。


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