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※リング戦から数年後くらい
※死ネタです。苦手な方はご注意下さい。
澄んだ空気が冷気を帯びて、もうすぐ本格的な冬がやってくる。
ガラス越しに入る木漏れ日がやけに暖かくて誰もが無意識にそのかすかなぬくもりを求めて窓辺の席に集まる。オレはマーモンを抱えて暖を取りながら中央のソファでくつろいでいた。
「近頃カスザメの様子がおかしい」
談話室の中でもひときわ陽当りのよい特等席にいたボスが唐突にそう呟いたのを受けて、その場にいたヴァリアー幹部は心当たりを探った。
そんなに最近のスクアーロはおかしかっただろうか。
今朝もいつものように下っ端を怒鳴り散らしながら任務に出て行った。それ自体に不審な点はなかった。出かける前に少しおちょくったら殴られそうになったけれど、それすらもいつもの軽いウォーミングアップというか、もう十年以上続くコミュニケーションだ。その後ボスに灰皿を投げられたりするのも。
「先輩がおかしいって、それはいつもの事じゃん、ボス」
そう切り出すと、ルッスーリアやレヴィも同調しつつ思い当たるような節はなかったと口にする。
「おかしいって、どうおかしいの?」
オレたちにはわからなくてもボスが言うのだから超直感の類かもしれない。
「よく出かけるようになった。日帰りでない任務の時も数日休んで寄り道して帰ってきやがる。」
何か企んでいるはずだとボスは言う。少しも揺れないその表情は妙に説得力があって怖いくらいだった。
ボスの予言めいた言葉が実証されたのはその二日後だった。
スクアーロがヴァリアー本部から姿を消した。
書置きがあったわけじゃないけれど、スクアーロの部屋をたまたま訪れたルッスーリアが異変に気付いた。まだ午前中の陽の眩しい時間帯なのに部屋のカーテンが引かれていたというのがきっかけで、本棚の蔵書やクローゼットにあるはずの服が処分されていたのでおかしいと思ったらしい。
カーテンが引かれてるかどうかでそこまでわかるなんてさすがオカマだ。そんな些細な違いなんてオレでは気付かなかったと思う。
おまけにデスクトップのパソコンのデータも全て消されていた。いくらオフだからといっても、ここまで完全に自分に関する情報を消していれば怪しむなという方が無理だ。
ボンゴレの暗部を知る人間が何の理由もなしに行方不明になれば問題になることは明らかで、スクアーロだってそれを十分に承知しているはずだ。
直ちにルッスーリアから連絡を受けたボスの命によってスクアーロの捜索が行われた。
姿を消して半日も経っていなかったせいもあって、すぐに見つけることができた。
電車で二時間もかからない中規模の街。一時的に姿を隠すだけなら顔見知りだらけで人口の少ない田舎よりよりはるかにましだ。
見つけたのはいいけれど、相手はあのスクアーロなのでそう簡単に捕まえられるわけはない。下手に動けば気付かれて騒ぎになるかもしれない。そうなればスクアーロだってただではすまないし、ボスだってあいつをボンゴレ側から庇えなくなる可能性が高い。
それを避けたいボスは、その日スクアーロが滞在するであろうホテルで落ち着くまで様子を見ると指示を出した。しかもボスが直接取り押さえるとまで言ってきたのだ。
できるだけスクアーロの失踪を知る人間が少ないうちに片をつけてしまうのがベストなのはわかっている。けれど幹部の中で誰よりもボスへの思い入れが強いあの鮫がこんな形でヴァリアーから離れるにはそれなりの理由があるはずだ。
「でも、ボス、変だよ。あいつがこんな風にいなくなるなんて。何か心当たりないの?」
誰も口にはしなかったその違和感を思い切ってオレは尋ねる。
「ねえ」
即答したボスに、それもそうかと思い直す。スクアーロの様子がおかしいと言い始めたのはほかでもないボスだったから。
そうして捕えたスクアーロは、ボスやオレたちに囲まれて圧倒的に不利な状況であったにも関わらず最後まで激しく抵抗していた。当然ながらオレたちも無傷ではすまなかったけど、まぁそれは想定の範囲。最終的にはボスが息の根を止めるんじゃないかってくらいスクアーロをボコボコにして終わった。それでもあいつは意識を失うまで逃れようとしていたけれど。
殺したら元も子もないってボスもわかってたからスクアーロの意識がとんだ時点で珍しく殴るのを止めた。
スクアーロを心配しているというより、得体の知れない不安を感じているように見えた。怒りに繋がったのはそっちの感情の方が強かったせいだろう。
ルッスーリアが一通りの応急手当てをしてオレたちは早々にアジトへ引き上げた。
数日の小旅行といった呈の荷物の中には失踪の理由を語る物はなかった。もしかしたらただの息抜きだったのかもしれない。そうじゃない事は態度でわかっていたけれど、そう思わせるくらいにあいつの装備は一般人のそれと同じだった。
スクアーロが意識を取り戻したのは連れ戻してから一晩経った頃だった。
朝になって報告を受けたボスは翌日まであいつの部屋から出てこなかった。ルッスーリアが内線で呼び出されて一度だけ軽食を運んだだけで、普段なら聞こえるはずの怒鳴り声や物音もしなかった。
「夕食もとらずに二人とも何してるんだろうね。」
夜、静まり返った食卓でマーモンが呟いた。オレはドルチェを食べ終わって部屋に引き上げようとしていたのをやめて皆の反応を伺っていた。
「あたしが昼過ぎに部屋に呼ばれた時は二人ともだんまりで空気がはりつめててヤバイ雰囲気だったわよぉ。スクちゃんは起き上がれるみたいだったけどベッドからは出ずに私がいる間は俯いたままだったわ。ボスは相変わらずキレてたけどスクちゃんを殴ったりするのは我慢してたみたい。」
唯一二人の様子を見たルッスーリアの報告をきいてもスクアーロの行動の謎は解けない。それにボスがあいつを殴らないなんて信じられなかった。
「…スクアーロはボスを見捨てたわけじゃないだろ?あいつが出ていくなんてよっぽどの事情があるに決まってる。」
リング戦の時だってそうだった。ボスの過去なんかどうでもよかった。オレたちはボスについてきたんであって、ボンゴレの血なんて関係ない。だから八年も待てたし、今もこうしてヴァリアーに留まっている。
「認めたくはないが、あいつのボスに対する忠誠心は相当なものだ。ボスを裏切るような事はしていないだろうな。」
半分呆れて、半分信じられないって顔でレヴィが呟いた。
スクアーロはどんな状況でも自分の信念に正直だから、無駄ってわかってたって抵抗を止めようとしなかったんだ。だから、これまであいつが貫いてきた想いを覆さなきゃならないような出来事があったのは間違いない。
「スクアーロの優先順位は自分よりボスだろう?だったらやっぱりボス絡みって考えるのが自然じゃないかな?」
「でもさ、マーモン、そう考えるとあいつはボスのために出てったって事になるんだぜ?ボスの命に関わるようなネタで誰かに強請られてたっていうのかよ!?」
「ムム…それもそうだね。スクアーロがそんな脅迫に屈するわけがないし。じゃあなんで…?」
話は堂々巡りで、オレたちはあいつの事をちっともわかってなかったんじゃないかって気になってくる。何か悩みがあるならどうして誰にも相談してくれなかったんだって思いもあった。
「もうやめましょ、ここで無駄な詮索したって何も解決なしないわよ?きっと明日にはボスから何らかのお達しがあるはずだわ。それまで大人しく待ってましょ。私たちだって巻き込まれてるんだもの、きっとボスは話してくれるわ。」
ボスはそのへん律儀だから心配ないでしょ、とルッスーリアが諭す。
「まぁそうだけどさぁー…」
幹部は長い付き合いなだけあってお互いの性格を熟知している。オレがそうやって渋々了解するような態度をとらなきゃ収集がつかない事を見通してあのオカマはそう言ったに違いない。確かにここで子供みたいにぐずっても仕方がない。オレたちは誰からともなく気まずい食事を終えてそれぞれの部屋に戻っていった。
「あいつをホスピスに入れる。それがあのドカスが最大限に譲歩した結果だ。」
翌日幹部を招集してそう告げたボスは、スクアーロの抱えてる問題が病気だと説明した。
「…ボス?」
しばらく何を言われているかわからなかった。神経系の病気で筋肉が衰えていく類のもので…病名は忘れた。いまのところ決定的な治療法は確立されていないという。要するに助からない病気。投薬でわずかに延命ができるだけで、放っておけば半年もたないらしいとボスの講釈は続く。
「スクちゃんをホスピスに…どうして?」
ホスピスは余命の少ない患者がターミナルケア(終末期医療)を行う施設だ。精神的・肉体的な苦痛の緩和する処置はしても基本的に延命治療はしない。
いくら不治の病であってもボスならあらゆる権限を駆使して最高の医療を受けさせるに違いないと思っていたオレたちの気持ちがルッスーリアの言葉には含まれていた。
「延命治療は受けない。そうでなければ今すぐ死ぬと言いやがった。何もできない状態で無駄に長く生きてオレの前で醜態を晒すのだけは嫌だとよ。」
さんざん説得したであろうボスは苦々しい顔つきでそう言った。
ボスが言ってどうしようもないならオレたちじゃ尚更だ。どうやらスクアーロをホスピスに入れるというのは決定事項らしい。
やりきれなくてオレとオカマはスクアーロに詰め寄ったけれど、ボスとのやりとりや病気については何も話してはくれなかった。
それからすぐにボスは南イタリアの海辺の丘陵を買い占めた。元々医療施設だった場所を少し改装して最低限の医療スタッフを揃えた。
広すぎるその敷地はヴァリアーの機能を一時的にそこに置くためで、ボスの執務室はスクアーロの部屋と続き部屋になるように配置された。
スクアーロの病気の事はボンゴレと一部の関係者だけに知らされた。スクアーロを捕まえる時に揉めたホテルの修繕費はボスのポケットマネーでかたをつけていたので、その件をボンゴレ側に指摘されることはなかった。
ヴァリアーのアジトからそのホスピスは車で半日ほどかかる距離だった。ある程度の人数を泊められるゲストルームもあったけれど、オレたち幹部はあまり使わないようにしていた。
ヴァリアーは暗殺部隊だ。いつ誰から狙われるかわからない。今回の内部変動は下手をすると弱みになる。ボスが別の場所にいるだけでもかなりの事態だ。幹部まで、というわけにはいかない。なので、幹部はアジトでこれまで通り生活し、滞りなくヴァリアーを機能させることが一番の課題となった。スクアーロのいるホスピスには休みの時とボスに直接会う必要のある任務の時にだけ顔を出すようにした。
死を伴う可能性なんて普段の仕事の方がよっぽど大きいのに、オレたちはスクアーロの予定された死というものになかなか向き合えずにいた。
誰かに殺されるわけじゃない。もしかしたら奇跡が起きて来年も同じ景色を一緒に見れるかもしれない。でもそれは何の保証もないもので、ほんの一日、もしくは数時間という単位のものでもおかしくないのだ。結局、いつ訪れるかわからない死に怯えながら過ごすしかない。
病気でなくたって死がいつか訪れる事と、それがいつなのかわからない事は同じはずなのに、不思議だった。
ホスピスのある丘陵の下はプライベートビーチになっていて、ゆるやかな坂が何重にもカーブを描いて海岸まで伸びていた。
動けるうちは動きたいというスクアーロの要望もあって、天気のいい日はボスと海岸に降りていた。もちろんこれまでのような激しい運動は禁じられているので体調の良い時に散策する程度のものだ。ボスはスクアーロの監視も兼ねているのかもしれない。
オレは執務室から二人が砂浜を散歩している姿を何度も目にしていた。その様子はとても穏やかで、ボスはスクアーロを殴ったりなんかしないし、スクアーロもボスに何かをうるさく言うそぶりもなかった。ただ静かに歩いているだけ。それは今までの二人を知っているオレにとって妙な違和感だった。
ケンカしないのは物足りない気がするけどまぁいい。でもそんな風に長年連れ添った老夫婦みたいな態度をお互いにとらなくてもいいじゃないか。まるでもうすぐ二人ともいなくなってしまうような気がして不安に駆られる。
その頃は病気だなんて信じられないくらいスクアーロは普通に生活していて、余命半年と言われた人間には見えなかった。明日も明後日も、オレが訪ねてきたら「また遊びに来たのかぁ?任務サボってんじゃねぇだろーなぁ!?」っていつだって毒づいて、それが永遠に続くと思っていた。
時々ルッスーリアと入れ違いで顔を出すと手作りのお菓子をボスと二人で食べていたりして、オレはアジトにいた頃のように間に割って入ってスクアーロの食べている分を横取りしたりもした。
同業者やスクアーロと縁のある剣士たちは、スクアーロに何かあったのだと勘付く者も多く、知り合いづてにヴァリアーやボンゴレ本部に問い合わせもあった。それをスクアーロに伝えると、「そうかぁ…」と、戸惑いまじりに答えた。
それからすぐにボスがスクアーロの容体をスクアーロの関係者に公私を問わず公表した。ボスの独断ではなくスクアーロの意思だという。
どんなに体調が優れなくても、スクアーロは自分で起き上がれるうちは訪ねてくる人全員と面会していた。
三月の誕生日にはスクアーロ宛てに届いたプレゼントが山のように贈られてきて盛大に祝ったのをよく覚えている。病室としてはかなり広めに作られてるはずのスクアーロの部屋は人で溢れて料理や飲み物が追い付かないくらいだった。きっとこんなに大人数での誕生日はあいつも初めだっただろう。ボスはその時普段通り自室に籠ってたけれど、きっと人がいなくなった夜は二人で祝ったに違いない。
スクアーロの容体が目に見えて悪化したのは春にさしかかった頃だった。もちろんそれまでだって悪化していなかったわけじゃない。でも週に一度会う程度ならわからないような変化だった。
宣告された余命はもう二ヶ月を切っていた。ベッドで過ごす時間が長くなり、思うように動くこともできなくなると恐れていた現実を嫌でも見せつけられる。それは、延命を望まなかったスクアーロ本人よりも残されるオレたちの方が精神的に堪えていた。
話すこともできなくなるなんて。こんな弱ったスクアーロなんて信じられなかった
。初めて、神様ってやつに縋りたい衝動に駆られた。祈るぐらいならいくらでもするからあいつを助けて欲しいと本気で思った。
ルッスーリアは返事がないとわかっていてもいつも通りに明るく話しかけていたけれど、オレはどういう風に接したらいいのかわからなかった。どう見ても元気じゃない病人相手に「センパイ、元気?」なんて言えるわけないし、ボスの剣であることを何よりも誇りにしていた男に任務で何人殺ったかを嬉々として報告できるほどオレだって無神経じゃない。結果、オレは小さな子供が人見知りでもするかのようにルッスーリアの影に隠れてばかりだった。時々スクアーロの視界に自分が映る程度に存在を主張するだけで、声すらかけられずにいた。レヴィやマーモンもそれなりに気を使いつつ、無難に見舞い品を置いていくだけで、言葉を交わすそぶりはなかった。
ボスは一緒にいる、というより同じ空間にいるだけで、少なくともオレたちがいる間にスクアーロに話しかけたり世話を焼くような事をすることはしなかった。
けれどオレたちはボスとスクアーロの絆の深さを知ってる。ボスが何も感じていないわけはない。あんなにやかましかった腹心がこんなに弱っているのだ。ボスにとってスクアーロに生きろ、と命令するのはたやすいはずなのに、それをせずに一番近くで見守るだけというのはどれほどの苦行だろう。
ボスの望みと鮫の望みが相反する事態が起こるなんて夢にも思ってなかった。
スクアーロの願いを叶える事は、ボスがスクアーロを失うということ。
ボスにそんな耐え難い仕打ちを受け入れさせるなんて、あいつはなんて傲慢で残酷なんだろう。ボスはなんでそれを赦しているんだろう。愛とか、優しさのなせる業なんだろうか。こんな苦しい愛なんて王子は一生知りたくない。こんな事で相手の気持ちを量りたいとも思わない。
ただ、オレにわかるのは、あの二人が感じているのは苦痛だけじゃないってこと。別に幸せで満ち足りているってわけじゃない。纏う空気が穏やかというか、無風状態で落ち着いているように感じた。
今だってスクアーロには病気以外の理由で死ぬ可能性がある。あいつは死ぬまで二代目剣帝でヴァリアーの副官なのだから、簡単に安らぎを手に入れられる立場じゃない。
怯える必要はないにしても、死を間近に、悟りでも開いたかのように落ち着いているのは異様なことなのだ。スクアーロだけならまだしもボスもだなんて。まぁ頭ではそう思っているオレだってそんな二人を見ていてどこかほっとしていたのが一番不思議だったけれど。
それから意識がなくなったスクアーロは一日もたずに息を引きとった。珍しく小雨の降った午後だった。
初夏という季節にしては暑すぎた五月にスクアーロの葬儀は行われた。
白い花で埋め尽くされた棺の中に愛用していた剣を入れたら、オレたちにできる事は何もなかった。
暗殺部隊ヴァリアーという裏の世界で生きていたにしては驚くほど沢山の人間がその葬儀に参列していた。
剣帝を名乗る男の死を悼む剣豪たち、暗殺者としてその偉業を知る人間。
所属している組織や地位に関係なく、その場にいた人間誰もが泣いた。ボンゴレ十代目の雨の守護者である山本武なんて、見ているこっちが申し訳なるくらい悲惨な顔をしていた。
ただ一人、参列者の一番前にいたボスだけがいつものような仏頂面で立っていた。死ぬまでのスクアーロには本人の意思すらも顧みないほど執着していたのに、もう棺の中の男はボスにとって何の意味もなさないただの冷たい肉の塊にすぎないのだろう。
事実、葬儀に参加しないと言っていたボスを無理矢理この場に連れ出したのはオレたちヴァリアー幹部だった。ヴァリアーのトップという社会的立場をボスは今更気にはしないのかもしれないけれど、あれだけ大切にしていた部下との別れをきちんとしてほしかったから必死だった。スクアーロのため、という気持ちの方が大きかったかもしれない。
かっ消されるのを覚悟しての説得にボスはあっさりと応じた。白い花の中で、ボスだけが唯一紅い薔薇をスクアーロに贈った。誰もそれを咎める者もいなかった。それほどこの二人の関係は特殊だと周囲も認めていたから。
その後のボスは特に変わったようなそぶりはなかった。
わずかな変化といえば、スクアーロが生きていた時と比べて誰かに当り散す回数が少し減ったくらいだ。
オレたちに任務を言い渡し、報告書を受け取る。相変わらず社交の場には最低限も出ないけれど、ヴァリアーのボスとしての仕事はきちんと果たしていた。
気まぐれに食事や小旅行に連れて行ってくれたりしたし、頼めば大抵の望みは叶えてくれた。
あの口うるさい鮫がいないというのに、何事もなかったかのようにヴァリアーは機能していた。それは冷静に考えればとても恐ろしい事のような気がした。
鮫がいてもいなくても変わらなかったという意味じゃない。今あの作戦隊長は間違いなくここにはいなくて、誰もその空きを埋めることもせずこの組織が機能している。ボスがヴァリアーのアジトに戻ってきたからオレたちの仕事量は事務的なものが減って楽になったくらいだ。要するに、ボスの仕事量が尋常ではないくらいに増えていて、誰もそれを補佐しないしボスもそんな事頼まないという事実にほかならなかった。
ルッスあたりはそれに気付いているかもしれない。でもボスはきっと誰にも手伝わせないだろう。あの大切な腹心の仕事を誰にも譲らないだろう。
オレはボスが何を考えているかあまりわからない。
キレやすさで見れば昔よりは落ち着いてきたと思うけれど、それはオレが成長したせいかもしれないし、ボスはオレに甘いからその怒りに触れることがないせいもあるだろう。
でもボスがあいつを忘れているはずはない。毎月のように一人であいつの墓に行ってる事を誰もが知っていたから。
家族のように過ごした月日が長すぎて、なんだかんだいってオレたちも忘れられなくて、気まぐれにお土産を買って帰る感覚で不定期に個別に墓参りしていた。
オレがいつ墓に行っても必ず薔薇の花束があった。スクアーロに真紅の薔薇を贈る人間なんてこの世にたった一人だ。
スクアーロの死から一年が経とうとしていたその日も思いつきで墓に向かった。
いつもと違ったのはあいつの墓の前でボスに会ったこと。
しかも今日はどうしたことか、ボスの手にはいつもの大輪で深紅のクリスチャンディオールではなく、小ぶりで淡いピンクのオールドファンタジーの花束があった。
「…ねぇ、ボスはさ、スクアーロの事どう思ってたの?もっと生きてほしいとか思わなかった?」
薔薇の色についてきいてはいけないような気がして、なぜかオレはそんな疑問を口にしてしまった。ボスがあいつをどう思っているかなんて改めて公言する必要もないのに。すぐにしまった、と思ったけれどもう遅い。ならばボスの出方を観察して少しでもその心情を読み取れないか試みようと構えた。
「今頃ドカスの話か。」
「まぁ、ね。王子とあいつは戦う範囲も似てるからさー、ホントならこの任務オレじゃなくてセンパイがやってたかも、って時々思うし。割とスクアーロの事思い出すんだよね、オレ。だからあいつと長いこと一緒だったボスはどうかなーって思って。」
見え透いた言い訳を並べて笑って見せても殴られる気配はない。
「そうだな、オレは…動けなくても口がきけなくても自力で呼吸すらできなくなっても、生きていて欲しかったのかもな。あいつにとってオレを守れない、オレの剣でなくなる事は死んでいるに等しい。だから勝手に姿を消そうとしやがったんだ。」
愛してる、なんて言葉を期待したわけじゃないけど、「生きていてほしかった」って本音をボスの口から聞けたのはちょっと予想外だった。
だってボスはあいつを生かすだけなら本人に気付かれないように延命治療を受けさせる事もできた。でも事実としては、ボスはそれをしなかった。延命治療をしない代わりに景色の良いリゾート地にホスピスを作って療養させて自分がスクアーロの側にいることを選んだ。
「なのにあのドカスはまだ口がきける頃、『オレが死んだら泣いてくれるか』ときいてきやがった」
忌々しそうにボスは言う。それは「オレが死んだら泣いてくれ」という意味だ。
「泣く」なんて行為にスクアーロがどれほどの意味を見出していたのだろう。
オレはスクアーロがまだ動けた頃の記憶を辿る。ボスは常にあいつを目の届く範囲に置いていたから、ホスピスにいる時にオレとあいつが二人きりで話したことはほとんどない。
「ねぇボス、あいつはさぁ、どうしようもないバカだったけど、ボスの事信じてたよ」
根拠は要らない。これは事実だから。
「ベッドの上で死ねるなんて思ってなかった」確かにそう言った。
呼び起こした数少ない「二人きり」の思い出の中にそれがあった。
あいつの言葉はもっともだ。ベッドに上で安らかに死を迎えられる暗殺者が実際どれくらいいるかはわからない。けれど、そんな仕事を選んだ時点でまともな死に方はできないだろう。死ぬのは負けた時だと誰もが覚悟をしているはずだ。
「信じるなんてただの賭けじゃねぇか」
ボスはいつもの仏頂面で、けれども穏やかに言った。
「それでも、さ。信頼されるって好きって言われるよりすごい事じゃね?」
ボスはスクアーロの信頼を裏切らなかった。延命なんていくらでもできたのに、それがボスの望みだったのにしなかった。対立する望みを持ったのにあいつを優先させた。
今までの事を考えればどうってことはない。なんだかんだいってボスが鮫の望みを叶えるなんていつもの事。本人以外は皆知ってる。
ただ、今回はそれがあいつの命に関わる事だっただけだ。
スクアーロだって別に死にたかったわけじゃないと思う。もちろん潔く死を選ぶことも有り得たかもしれない。
人の命を奪う仕事をしているからといってオレたちは悲しいとか愛しいとかそういう感情が欠落しているわけじゃない。まぁ中には一部欠落してる奴もいるだろうけど。
人はいつか死ぬ。そのどうしようもない真理を痛いくらいにわかっているからこそ、ヴァリアーという歪んだ人間の集まる組織でそれなりに仲良くやってきた。誕生日にはプレゼントを贈って祝うし、出かけて遊んだりもした。
それはその瞬間をきちんと生きている証拠。次の瞬間には誰かに殺されるかもしれない自分たちへの精一杯の誠意。
だから、ボスが何も考えていないはずはない。ボスがあの鮫を愛していないはずがない。
自分勝手に誓い、腕を切り落とし、髪を伸ばし続けたバカな男だったけれど、呪いのようなその誓いに背くような生き方は決してしなかった。
もしかしたらボスはあいつに生きろと言わない代わりに勝手に死ぬなと命令したのかもしれない。そうでもしなければプライドの高いあいつが無様な姿を晒してまで生き続ける理由がない。スクアーロをホスピスに入れる前に精一杯の譲歩だとボスが最初に言ったのはそういう事なのだろうか。
「ボス……もしかして泣いてる?」
「…オレは泣いているか?」
「うん、泣いてるよ」
そう言ったオレもなんだか泣けてきた。
「あいつはさ、ボスに泣いてほしかったわけじゃないと思うよ。ただ、自分の死を認めてほしかっただけで。」
嬉しい時は笑って悲しい時は泣く。それは別に悪い事じゃない。それができなくても問題はない。
皆が葬式で泣いたのはちゃんと悲しんで泣いて故人と決別するため。
そんな当たり前の事すらボスにはできなくて、それを見越したスクアーロは自分のいない世界をちゃんと生きてほしくて遠まわしにそう言ったんだろう。
「Da dextram misero…昔あいつが言ってたよ」
遠い昔、まだボスを待っていた頃、スクアーロに寝物語に講義された叙事詩『アエネーイス』の一節がふと頭をよぎった。
シチリアからイタリアへ渡る航海の途中、主人公アエネーイスの友であり有能な操舵手だったパリヌールスは航海の無事と引き換えに無残な最期を遂げた。後にアエネーイスが冥界に降りて彼と再会した時に、「きちんと葬ってほしい」と嘆く。
Da dextram misero―哀れな者に右手を与えよ。パリヌールスの訴えにアエネーイスはなんて答えたっけ?確か彼に由来した土地がチレント海岸にある街、パリヌーロだったはず…名を後世に留める事が救いになるはずもないけれど、ボスの中でスクアーロの存在は一生消えないだろう。
「ふざけるな、オレの方がずっと哀れじゃねぇか」
ボスの言葉がオレの思考を遮った。スクアーロの墓標に持っていたオールドファンタジーの花束を放り、踵を返す。
まじまじと花束を見ていたオレに「これしかなかった」とボスは言っていたけれど、バラの色くらい思い通りにならないはずがない。
それにも関わらず、そんなボスの言葉がきれいに心に落ちた。ボスとスクアーロが海岸を散歩していた頃の落ち着いた雰囲気が、目の前のボスにはあった。
ああ、なんだ。要するにオレが言うまでもなく、ボスの中でスクアーロへの想いは整理がついていたのか。そんな風に思っていると、自然と胸がいっぱいになって口元がゆるむ。早くルッスーリアたちに伝えたい。もうボスは心配ない、って。
空を仰ぎ見ると、陽の光が眩しい。生い茂る草木は鮮やかで、歌う鳥も、青い海も、何もかもが本当に信じられないくらいキレイだ。
たとえオレが何も感じなくても、こうやって季節はめぐっていくのだろう。
それを享受できるうちは、まだ夢を見ていられるのかもしれない。
オレはボスの姿が見えなくなるまで待ってから、放り投げられたオールドファンタジーを墓標の真ん中に置き直し、自分の持ってきたカサブランカの花束をその近くに添えた。
「スクアーロ、たぶん明日からオレたち忙しくなるぜ?お前の穴を埋めるためにさ。」
地中海を越えて砂漠から吹くシロッコがイタリアの夏を告げる。熱風に数枚の花びらが舞うその日、やっとスクアーロは死を迎えることができたのだ。
fin.
***
一度やってみたかった死ネタ。ボスがスクアーロの死を受け入れるまで。
ピンクのバラの花言葉は「恋の誓い」「感銘」「温かい心」など。
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