※伊波ですが、CP要素は低めです。


いつからだろうか。オレは一人ぼっちになるのが怖くて、長い間あらゆるものに耳を澄ませていた。
誰にもわからないようにその胸騒ぎを抱え続けながら、必ずいつかその不安から解放されるのだと信じていた。



南から吹き抜ける心地よい風が窓の薄いカーテンを揺らす。窓の外には青空が広がっていて、白を基調とした室内のインテリアと対照的で美しい。そんな部屋の窓辺の椅子に腰掛けたまま、彼は夢の中にいた。カーテンより少し遅れて揺れる金の髪はまるで幾重もの細い金鎖のように見えた。
本当はそんな彼を現実に引き戻したくはなかった。けれど今しかできない事だってある。
「ポーランド、起きて」
意を決して名前を呼んだ。反応はない。
「ポーランド」
「ん…」
何度かそう呼んで彼はやっと反応した。これ以上名前を呼ばなくてもじきに起きるだろう。それまでオレは待つことにした。
「あ…イタリア。オレ寝とったん？」
「うん、ちょっとだけね。今の時期は風が気持ちいいよねー、」
ほんの少ししか開いていなかった窓を全開にすると、すぐにカーテンを大きく揺らす風が入ってきた。その南風と太陽の光を受けてオレはそれをより強く感じるために目を閉じた。
「…確か、シロッコって言うんよね？」
背後からポーランドがたずねた。振り返ると、彼はさっきまでいたはずのまどろみから覚めていて、王様のように偉そうに足を組んで不敵に微笑んでいる。これがオレの知っているポーランドのいつもの姿だ。厭味な程、溢れかえる自信に満ちた顔。それでも恐怖や疎ましさを感じないのは、ひとえにその端正な容姿のおかげだろう。彼もその事をよく理解していて、趣味を兼ねた女装と正装とのギャップを効果的に利用しているようだった。最も、その利用方法は政治的なものではなくて私的な事に使われている場合がほとんどで、被害の大半は彼の幼なじみであるリトアニアに降りかかっている。それでも心底困っているようではないので、そんな彼らをオレは微笑ましく思っていた。
「そうだよー。シロッコは地中海を隔てたアフリカから吹いてくるんだ。」
「砂漠から吹いとるん？それってなんかロマンチックだし。」
そう言ってポーランドは髪をかき上げながらオレの立っている窓辺に歩み寄ってきた。窓の淵に手を沿えてついさっきオレがそうしたように目を閉じる。光にきらめくポーランドの髪は言葉ではうまく現せないくらい綺麗だ。
「イタリアの家、キレイやね」
十分に風や光を感じた後、窓から見える景色を眺めてポーランドは言った。
道沿いに糸杉が立ち並んでいて、その向こう側にはブドウ畑が広がる。近くにはオリーブの木もあって、それぞれニュアンスの異なるグリーンのコントラストを生み出している。
色とりどりのポピーの花が咲き終わってシロッコが吹き出せば、トスカーナはもう夏だ。
「そう？ありがとう。ポーランドの家も今度案内してよ！」
自分の家を褒められて嬉しくない人なんていない。ポーランドの家もキレイな場所も美味しいものもたくさんあるでしょ？と続けて、食べたことのあるポーランド料理をいくつか挙げた。
「オレんちの料理食べたいならオレがいつでも作ってやるしー！あ、でも今回はパスタ食べたいから今度な。」
「うん。楽しみにしてるよ！」
そういえばポーランドが何かを作ったりしているのは見たことがない。もちろんポーランドが何もできないわけじゃないことくらいは知っているけれど、普段は何でもリトアニアにさせている彼がそんなことを言ってくれるなんて珍しいことだと思う。
「…そういえばオレに何か用があって起こしたん？」
会話が途切れてから、ポーランドは思い出したように言う。
「ああそうだった。ねぇポーランド、今からちょっと街の方まで行ってみない？最近美味しいジェラテリアができたんだって。食べに行こうよ！」
ジェラート好きのポーランドがオレの家に来てそれを断るはずなかった。


市街地へ着くと、オレとポーランドはさっそくジェラテリアへ向った。
観光客が多いのはいつもの事で、行列のできていたそのジェラテリアでオレたちは30分くらい待った。待っている間、あまりに多い人の数を気にしたポーランドは、順番が来る前にジェラートが売り切れるんじゃないかってずっと心配していた。こういう時のポーランドは、大丈夫だよって何度言っても信用してくれない。そんな彼も順番が回ってくると、人目も気にせず大はしゃぎでジェラートを選んでいた。
ポーランドが頼んだのは色鮮やかなイチゴやマンゴーのジェラート。可愛いもの好きな彼らしい選択だ。対してオレが選んだのは唐辛子入りのチョコレートや定番のピスタチオ。彼のフルーツ系フレーバーに対抗したつもりじゃないけれど、結果的にそうなってしまった。
「…唐辛子入りって美味いん？辛くて味がよくわからんからオレは食べれないんやけど…」
オレの頼んだジェラートを物珍しそうな目で見ながらポーランドは言った。
「そう？結構チョコレートと合うと思うよー。この店の唐辛子はそんなに辛くないし。」
そう答えても信じてないみたいで、ポーランドは「へーそうなん」とだけ漏らしていぶかしげにオレのジェラートを一瞥した。

それぞれ好みのジェラートを手に入れたオレたちは、人ごみを避けて景色のいい二階のテラスでそれを食べる事にした。
席についてすぐ、ポーランドは「なぁイタリア、オレ心配なんよー」と話を切り出してきた。それは彼の性格的には珍しくないことなのかもしれない。でも今日はいつもと様子が違う気がして「…何か悩みでもあるの？」とオレは聞き返した。
「リトの事なんやけど…」
リトアニア…会議ではロシアやアメリカによく絡まれている姿を見かけるけれど、熟慮された発言や指摘は皆から一目おかれる存在だ。そして目の前にいるポーランドの幼なじみであるリトアニアは、目下彼の想い人だ。
「リトアニア？彼の悪い噂は聞かないけど…何かあったの？」
「んーそういうわけじゃなくて…むしろリトは誰にでも合わせられる性格やから評判はいいと思うんよ」
「そうだね、アメリカやロシアもご執心だよねー」
オレがそう答えると、「それはそれで気に入らないんやけどなー」とポーランドは苦笑いをする。周囲から好感度の高いリトアニアを彼なりに誇らしく思っているけれど、幼なじみゆえの独占欲がそれを素直に喜べなくさせているようだ。
「…で、オレは人見知りやしこんな性格やん？いつかリトに愛想尽かされるんかなーって時々心配になるんよ。」
「それ、のろけ話に聞こえるんだけど…」
ポーランドの弱気な発言をきいて、オレは思わず笑いながら言った。
「のろけっていうか恋バナ？…で、イタリアはどう思うん？」
「どうっていうか、んー…ポーランドって贅沢だね。」
あまり深く考えていないオレの発言に、ポーランドはぽかんとしている。
「贅沢？オレが？」
「うん……それって世界で一番幸せな悩みだよ。」
幸せな悩み。そう、オレから見れはポーランドは幸せに違いなかった。
「…確かにもっと深刻な悩み抱えてるやつはいっぱいおると思うけど……」
「でも…一番辛い悩みだね。誰にも解決できない。」
オレの意図しない方向に言葉を受け取ったポーランドの声のトーンが下がる。それを遮るようにオレはフォローを入れた。
ポーランドの相手をできるのはリトアニアしかいないって周囲から思われいているのに、どうして当人たちは気付かないんだろう。
近すぎて不安になるのはわかる。もうとっくに手に入れているものに憧れ続けていて、誰に言われてもそれを認めようとはしない。世の中はそういうものかもしれない。
「やっぱ考えるだけ無駄なんかな…？」
「無駄じゃないよ！好きな人の事ずっと考えていられるなんて、恋愛してる証拠じゃない。」
「恋愛？」
不安な気持ちを隠しきれないポーランドは、そんな簡単な問題の答えすらオレに言わせようとする。
「恋愛は一人じゃできないよ。ポーランドは今リトアニアと一緒だから楽しかったり不安になったりするんじゃないの？」
「そうやけど…」
「それって恋愛してる人の特権だよ。きっとリトアニアだってポーランドの事考えてるよ。」
オレが何を言ってもポーランドは信じてくれない。実感がないだけかもしれないけれど、さっきから「そうなんかな……」って言葉ばかり繰り返している。そんなに不安ならリトアニア本人にきくのが一番早い気がするんだけどなぁと思ったけれど、あえて口には出さなかった。
「昔から一緒だったんでしょ？自信持ちなよー！」
「ん…わかったし！ありがと、イタリア。」
まだオレの言葉全てには納得していないという表情を残しながらも、ポーランドの抱えていた不安は話す事で少しは解消されたようだった。「どういたしまして。」とオレが言うと、それまでとは別の、物言いた気な顔をする。
「…ポーランド、何？オレの顔に何かついてる？」
「なぁイタリア、さっきから何見とるん？」
いたずらっぽく笑いながらポーランドはそう切り出した。
「え、オレ何か見てた？」
「さっきからオレの後ろの方ばかり見とるし。気付いてないん？」
まぁ無意識でやっとるんなら理由なんてないし別にいいんやけど、と続けるとポーランドは最後のジェラートを口にした。
「オレ、もしかしてぼーっとしてた？」
「まぁちょっとな。オレに見えない何かを見とるんやったら放っておこうと思ったんやけど…ただぼーっとしとっただけなん？」
何か別のことを考えながらオレの話をきいとったんやろ？と言外に含ませながら、彼はいつものように目配せをした。
ああ、本当に思っている以上に自分の事はわからないものだなあと痛感する。さっきまでのポーランドなんて全く笑えない。彼には最初からきっとわかっていたんだ、オレの様子が普段と違うって事を。
「ここはいろんな思い出がありすぎて、時々考え込んじゃうんだ。…考えたってどうにもならないのにね。」
暗い話はするまい、とわざと曖昧にオレは答えた。
「ここはルネッサンスが起こった場所じゃないん？なんか華々しいイメージなんやけど…。」
「どんな文化だって全てが光にあったっているってわけにはいかないでしょ？表が華々しければそれよりももっと暗い陰の部分があるよ。」
そんな説明しなくたってポーランドは十分過ぎる程それを体験しているからわざわざ言うような事じゃない。歴史だって語られている内容が全てじゃない事くらいオレたちは痛いほどわかっている。
「…オレはそれでも良かったと思っとるよ。」
「ポーランド？」
ポーランドは神妙な面持ちで話す。オレのあんな説明で何がわかったんだろう。
「今までの常識が覆るような事が起こってもオレは……」
ポーランドは言いかけて止めた。オレ自身のことをどうこうしたいというつもりはないみたいだ。オレも何が言いたいかは何となくわかっているけれど、それを口にしたくないし、聞きたくもないと思った。そこまで考えて、ポーランドも同じ気持ちだったのだと気付くと「ごめん。」という言葉がとっさに口をついた。
「どうして謝るん？オレはお前を責めるつもりはないんよ。でも…そんなに色々背負って辛くないん？」
「辛い？どうして？」
オレは初めて彼が何を言っているのかわからなくなった。それは皆一緒じゃないの？
「全部受け入れて背負っていったら辛いに決まっとるし」
オレがきょとんとしているのを見て、ポーランドは呆れたように言った。
ぴりぴりと舌を伝わるジェラートと同じようにその言葉が胸を突く。
「…お前が人のためを思ってるって事、オレは知っとるし、皆わかっとると思うよ。」
自分でも驚くくらい何も言えずにいると、堪えかねたように突然ポーランドはそう口にした。彼はオレの態度をもどかしく思っていて、それを解決できない彼自身にもいらいらしているのだと感じた。ここでまた「ごめん」と言えば彼の神経に余計障るだろう。
「ポーランド、オレ…」
「お前バカやね」
続ける言葉がない事を知っていたのか、ポーランドは大きくため息をつくとそう言って穏やかに微笑んだ。
「うん…そうかも」
彼の笑顔につられてオレが素直に肯定すると、「でも、バカって誰でもなれるわけではないんよ」と言われた。そこでやっと彼なりに気を遣って励ましてくれているのだとわかった。
「オレが何言ったってエゴでしかないんよ。でも都合よく解釈してったええと思わん？じゃなきゃやってられないしー」
「うん」
「…適当に力抜いて頑張ったらいいんよ」
「うん…」
どうしてだかわからないけれど、そんなやりとりに泣きそうになった。一人になったら堪えられなかったと思う。それはポーランドにも伝わっていて、「一人になりたいやろうけどオレはどこにも行かんから」と念を押された。どうして彼はそんなことを言うのだろう。誰だって一人になりたりたい時や泣きたい時はあるはずなのに。
「だってオレがいなくなったらお前泣くやろ？まぁ泣いてもええんやけど…オレはお前が笑っとる方がいいんよ。」
オレの疑問が顔に出ていたのか、ポーランドが察してくれたのかはわからないけれど、彼はそんな風に言ってくれた。泣かせてくれないのもちょっと強引な要求も、彼なりの優しさだった。
心を閉ざしていたのはオレの方かもしれない。遠い過去を回想しながら何となくそう思った。

いつからだろうか。オレは一人だけ取り残されたような感覚の中、めまぐるしく変わる記憶に翻弄されていた。騒ぐ心と翳る不安の中、先に進むための笑顔も悲しみも、本当は最初からわかっていたのに。

「うん、ありがと。…ポーランドといると元気になれるよ。」
オレの言葉にポーランドは何も答えずに照れくさそうに俯く。彼の笑顔は、唐辛子入りのチョコレートのように辛くて甘くて心地良いなと思った。



　　　fin.

＊＊＊
以前日記に載せてた小話を大幅に加筆したものです。何が言いたいのかわからないのは仕様です。
イタリア視点にしたのは暗い話にしたかったからです。本当は歴史的な単語や人物名を出したかったのですが、中途半端になりそうなのでやめました（私の知識も浅いので）。

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