※この話は、「露立前提の波立」が前提の波烏だったりします。
　　ちょっと痛いかもしれません。


「痛っ！」
抱きしめただけで急にポーランドが声を上げるので、驚いて私は一瞬固まってしまった。
「ごめんなさい、私何かした？」
「あ…いや、ライナが悪いわけじゃないんよ。」
しまった、というような表情も一瞬の事で、ポーランドはすぐにへらへらと笑ってみせる。本当に笑顔を作るのがうまい。…そうやって無理矢理にでも強く見せなければすぐに弟たちに弱みに付け込まれるからだ。
ポーランドは生まれながらにそういう術を身につけていた。私もそういう所には自信があるのだけど、何もかもがすぐ顔に出そうに見えるのに本心はなかなか見せてくれないポーランドに比べればまだまだだなと思う。
「…背中、どうかしたの？」
私がそうきくとポーランドは観念したらしく、苦笑しながらシャツを脱いで背中を見せてくれた。
肩の近く、ちょうど肩甲骨あたりにはいくつもの小さな痕があった。形から察するにそれは爪痕。引っかき傷以外に出血もあったようで、その爪痕は赤く腫れ上がったものや生々しいかさぶたになっているものまであった。
「…そんなにひどい傷じゃないっしょ？」
そう言ってポーランドは笑ってみせたけれど、それは余計に傷痕を痛々しく見せる。
「手当てはしたの？」
ポーランドはその問いに困ったように笑って首を横に振ってみせた。


…私はたぶんその爪痕を誰が残したのか知っている。
料理や掃除といった家事が得意だけど、それ以外の事もやる時はやる、かつての東欧の大国。周りの誰もが彼を笑顔の耐えない穏やかな人だと思っている。
そんな彼がなんの気遣いもなくポーランドの背中に爪を立てるなんて、よっぽど見境いなく行為に耽っていたか、あるいは精神的に参っていたかに違いない。
どちらにせよ、私には図りかねるけれど、あの温和な彼が正気を保てないような事があったのだろう。ポーランドの体が傷つくのを人一倍嫌っているのは彼なのに、おかしな話。

こんなにたくさんの爪痕をつけられてもポーランドは黙って痛みに耐えたのだと思う。今みたいに苦笑いもせず、いつもの不敵な笑みを浮かべて。
幼馴染みへの憐みか、それとも愛と呼ばれるものがそうさせたのかはわからない。
それでもポーランドはとにかく優しい。普段はわがままに見えるけれどきっとそれも彼の優しさのひとつで、わざと明るく振舞って相手に考える暇を与えようとしない。明るく振舞う事が、時にどれほど辛いかは私にだってわかる。

…そんなポーランドの優しさや痛みは、もしかしたら私だけしか知らないのかもしれない。
自惚れているかもしれないけど、こんな風に頼られるのは悪くない。本当に好きな人にだけは見せられない気持ちだってあるはずだから。


「…オレはリトがつけた傷なら治らんでもいいんやけど」
私がその傷の手当をし終わると、突然ポーランドはそう呟いた。
普段は見せない穏やかな顔。手当てをしている間は眉ひとつ動かさずに黙っていたのに、彼の名前を言うだけで簡単にその表情は緩む。
どうしてそんなに幸せそうなの？その爪痕が幼馴染みの痛みを受け入れた事になるのかしら…。
私は、空気を孕んで羽織られるシャツがポーランドのきれいな背中を覆う瞬間が好き。あの白い肌を真っ白なシャツがふわっと包み込んで隠す瞬間が。もちろんよく見れば傷のひとつやふたつはポーランドにだってあるはずだけれど、今みたいにそんな傷だらけの背中は見たくないの。
…たぶん彼もそう思っているはず。冷静になった時に見るポーランドの背中は、きっとさらに彼を苛む。ポーランドの優しさが逆に彼をだめにするんじゃないかとさえ思ってしまう。

「……」
「ごめん…ライナ。」
私が何も言わずにいると、ポーランドは私が気分を害したと思ったらしく、謝ってきた。時々その視線を感じていたけれど、これも普段は滅多にない事。
今ポーランドの中では背中の爪痕も含めて彼が大部分を占めているはずなのに、私が後ろめたくなるくらい優しい。
でもこれは気遣いとはちょっと違う。目を合わせてもすぐに反らして、何の脈絡もなく謝る。その仕草は、慰めて欲しいという意味。不安で不安で仕方なくて、人一倍孤独を嫌うポーランドのとてもわかりにくい合図。…その合図を彼は知っているのかしら。

…なんだか妬けるなぁ。
思っただけで口にはせずに、私はもう一度ポーランドの背中にそっと腕を絡めた。今度は背中の爪痕に触れないように。
ポーランドは私のその行動にほっとしたのか、何事もなかったかのように私に口付けをした。ついさっきまでの気弱な表情はもうない。



私はポーランドの背中に爪を立てる事はないだろうな、と思った。



　　　fin.

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