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その日は予定もなくて、オレは暇を持て余していた。溜まっている仕事も特にないなんて本当に珍しい。もしかしたら忙しかったりポーランドに振り回されている方がオレの性に合っているのかもしれない、なんて自虐的な事を考えてしまう。
何かお菓子でも作ろうかと思ったけれど最近それで痛い目を見ているので、たまにはゆっくり読書でもしようかなと思った時、電話が鳴った。

「もしもし」
『あ、リト、オレオレ~』
電話の向こうからポーランドの明るい声が聞こえてくる。オレが黙っていると、今日はポニーがどうだっただの、面白い雑貨を見つけただのというまとまりのない語りが始まった。
「…で、ポーランド、用件は何なの?」
一通りポーランドの話が終わるのを待ってからオレは尋ねた。もちろん、ポーランドのすることだから用件なんてない可能性も十分わかっていたけれど。
『あ、そうやった。リトあんなー、今からリトんち行くから夕飯オレの分も作っといてな。夕方には着くし。あと、今日リトんち泊まるから。』
「………」
『…リト?』
「あ、うん、わかった。…気をつけておいで。」
オレがそう答え終わる前にポーランドは一方的に電話を切った。これもいつもの事だから今更文句もない。腑に落ちないのはそんなポーランドの態度じゃなくてもっと別のものだ。
「……おかしいなあ、オレたち今ケンカ中じゃなかったっけ?」
誰もいない部屋で無意識にオレはそんな事を呟いてしまった。

冷蔵庫を開けて何が作れそうか食材を確認してみる。まだ午後にもなっていないからポーランドが来るまでには十分な時間がある。買い物にでも出かけようかな、と思った時、ふと食器棚の隅のガラス皿が目に入った。いつもオレが作ったサコティスを入れている皿。どんなサイズのサコティスでも見栄えがするので気に入ってサコティス専用の皿になっている。
ケンカの原因はこの皿にいつも入れているサコティスだ。先日オレが作ったサコティスをポーランドが一人で全部食べてしまった。
そんなことは今までにもあったし、ポーランドならやりかねない事だって十分にわかっていた。我ながらそんな事で怒ったなんて大人気ないなと思うけれど、その時作ったサコティスはここ数年の中でも最高の出来で、調子に乗って色々デコレーションした特別なものだった。あまりに気合を入れて作ったせいで疲れてしまって、ポーランドが家に来るまでに時間があるから休もうとソファーでくつろいでいたオレはそのまま眠ってしまった。そして目が覚めた時にはいつの間にかポーランドが家の中にいて、会心の作だったサコティスは消えていた。

どんなに抗議したってサコティスは戻らないし、ポーランドもオレが怒るなんて思ってなかったみたいで、相当面食らっていた。でもあれはオレにとって仕事を邪魔された時よりひどく悔しい出来事だったと今でも思う。あの後悪びれもしないポーランドと口論になって、何を言っても無駄だと痛感したオレは不貞腐れて部屋に閉じこもった。翌日起きたらポーランドはいなくて、それから何の連絡もなかったし、オレもかなり頭にきてたから連絡をとっていなかった。
…結局あれはポーランドにとっては大した事じゃなかったんだろうな。何事もなかったかのように電話してきて泊まりに来るくらいだし。それにオレがどんなに抗議をしてもポーランドは一言も謝らなかったし、謝るつもりもなかったんだと今では思う。


それからオレは街へ買い物に出かけ、必要な食材を買い込んだ。帰る途中、どこかで休憩しようと喫茶店を探していた時、反対側の通りに見慣れた後姿を見かけた。
え…あれってポーランド?何でこんな所にいるの?…今から行くって言ってたからまだ着いてないはずなのに。でもオレを不安に陥れたのはそんなことじゃなくて、ポーランドがオレの知らない女の子と楽しそうに話しながら歩いていたことだ。
料簡が狭いのはわかっている。その場でポーランドを問い質せば良かったのに、ばつが悪くてオレは人ごみに隠れてやり過ごしてしまった。
落ち着こうと思って適当な喫茶店に入ったけれど、他に考える事もなくて逆効果だった。
ポーランドは無意味に嘘をついたり隠し事をしたりしない。だからこれは意味のある事なのかもしれない。でもどんなに考えてもポーランドがこんな所にいる理由がオレには浮かばない。そもそもオレが勝手に不安になって悩んでいるだけだから解決するものではないし、ポーランドは何も悪くないのだけれど。
…ケンカしてるって思っていたのもそれを気にしていたのもオレだけ。もう少しオレが譲ってあげれば良かったのかな。でもいつもオレが謝ってばかりだし、たまにはポーランドが謝ってくれてもいいのになんて考えてしまう。
ポーランドにかこつけて、気が付けばポーランドの事ばかり考えている。そんなオレも十分身勝手だなとは思うんだけど……結局オレって何されてもポーランドの事嫌いになれないんだな。そう認めてしまうと急に気恥ずかしくなって、まだ晴れない気分を無理やりどこかに押し込めて帰ることにした。


「リトー、来てやったしー」
ポーランドはインターホンも鳴らさずに勝手に家に入ってきた。
「また、勝手に入ってきて…」
「そんな事くらいでいちいち怒るなだしー。リトオレの分の夕飯あるん?」
ポーランドは話を反らして、キッチンにいたオレにもたれかかってきた。
「ちゃんと二人分作ったよ。今温めるね」
「ん。オレ今日疲れとるんよー。すぐ出るから先風呂入っていい?」
そう言うとポーランドはオレの了承も待たずに勝手にバスルームへ行ってしまった。
早く出るといっても、ポーランドのことだから30分はかかるだろう。仕方がないので作った料理を温めながら、簡単なサラダでも作ろうと思って食器棚からサラダを盛るのに適当な皿を探した。手にとったのは朝目についたサコティスを入れているガラス皿。…オレって未練がましいなぁと感じつつ、どうせポーランドは気にしていないんだしと思い直してその皿にサラダを盛った。

「ポーランド、何か不満でもあるの?」
風呂から上がったポーランドは明らかに不愉快そうな顔をしてさっきからテーブルに並ぶ料理を見ている。
作った料理にはポーランドの嫌いなものは入っていないはずだし、いつもは「お腹すいたー」と言って勝手に食べ始めていることも珍しくないのにどうしたんだろう。
「ポーランド、どうかした?」
「………でなん?」
「え?」
「何でこの皿にサラダ入っとるん?」
「いや、何となく…」
「嘘つくなだし!リトこの皿にはいつもサコティスしか入れとらんかったくせに。」
「…気付いてたの?」
「当たり前だし!オレの事何だと思っとるんよ。」
「ごめん。」
「…もういいし。冷めるから早く食べるし」
オレが反射的に謝ると、ポーランドはそう言って勝手に食べ始めた。
「ねぇ、ポーランド」
「何なん?」
「さっきから気になってたんだけど、あの紙袋何が入ってるの?」
気まずい空気が流れそうだったので、オレはポーランドが持ってきたピンクの紙袋についてきいてみた。
「ケーキ」
無愛想にそう答えるとポーランドはそのまま食事を続けた。
「え、今なんて…」
「だからケーキもって来たんよ!オレが焼いたやつ。リトにあげようと思って…」
ポーランドはきまりが悪そうにそう言うと、席を立ってその紙袋を持ってきてオレに差し出した。
「ほら、リトにやるし。」
「ありがとう。…中見ていい?」
ポーランドが黙って頷いたのでオレは袋の中からラッピングされたケーキを取り出した。中は見えなかったけれど、縦に長いそれは見覚えのあるケーキに違いなかった。
「これって…もしかしてサコティス?」
「ん…リトこの間オレが勝手に食って怒っとったやん?だから近くのお菓子屋の女の子に頼んで作らせてもらったんよ。」
なのに今日はサラダなんか入れとるし!とポーランドはガラス皿を見ながらオレを非難した。
「ポーランド、気にしてたんだ…オレだけが怒ってると思ってたよ」
「リトが怒るなんて滅多にないし。それに好きなやつの事くらいオレはわかるし。…大体さっきからリトオレの事何だと思っとるんよ。」
「…ごめんね。」
「そんな嬉しそうに謝られても説得力ないし。…とりあえずこのサラダ食べてサコティス入れるし。」
「うん、そうだね。夕飯食べたらデザートにサコティス食べようか。」
オレはそう言ってポーランドと食事を続けた。ポーランドは結局最後まで謝らなかったけれど、そんな事気にならないくらいオレは浮き立つ気持ちを抑えるのが大変で、どんな風にあのガラス皿にサコティスを盛り付けようかなんて事ばかり考えていた。



   fin.


***
 「リトアニアミレニアム」に投稿したもの。テーマは「雪解け」。
たまにはポーがお菓子作ったらいいよ、と思って書きました。
テーマの解釈は「心のわだかまりが消える」的なカンジです。

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