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※2012年ベル誕、虹の代理戦争終了後くらい。
※標的406までの原作を読んでいることが前提です。
 未読の方はご注意ください。




世界の終りを予言した昔の暦の最終日もただのイベントで過ぎていった。
「結局何も起きなかったなぁ」って珍しく二連休を勝ち取ったスクアーロが王子とっておきのワインを勝手に開けてそう言った。
仕事柄、死は常につきまとっている。死を覚悟するような任務があれば身辺整理も必要だろうけど、人類が皆滅亡するなら死後の準備なんて要らないからオレたちは呑気なものだった。
一応カトリックの国で不謹慎かもしれないけれど、オレたちが天国に行けるわけないしそんな救いも求めていなかった。だから予言なんて信じてる奴はヴァリアーには一人もいない。死ぬのは仕事でヘマした時だ。オレはそう思っている。きっとそれは仕事でミスって生きている事をプライドが許さないからだろう。少なくとも事故や病気で死ぬ可能性よりはずっと高いと思っている。平穏な時間なんて暗殺者の人生には少ないしそれでいい。そんな事を考えながらオレはスクアーロに差し出されたグラスの中身を一気に飲み干した。

今日は夕方に一件仕事をこなして明日はオフ。ああ、日付が変わったからもう今日なのか。どうでもいいか。これからお楽しみなんだから。
一年に一日だけ、この日だけはオレのやかましい恋人が思いっきりオレを甘やかしてくれる。それはもう、とっておきの一日になるはずだ。ああ、世界が滅びなくて本当に良かった。オレは信じてもいないどこかの神にちょっとだけ感謝した。


誕生日の朝は珍しく爽やかに目覚めた。きっと心ゆくまでスクアーロを堪能したからに違いない。
寒くてベッドから出るのもおっくうなはずのこの季節を悪くないと思えるのは、ひとえに隣で眠る恋人のおかげだ。ぎらぎらとした殺気を放つ普段の姿からは想像もつかないほど無防備に爆睡している事実も、信頼からくるものだと思えば恋人冥利に尽きるね。
あいつが目覚めるまでに朝食の準備でもしてやってもいいかなーなんて考えながら髪を梳いてやる。そしたら露わになったうなじに妙にエロさを感じて、思わずオレは噛みついてしまった。それはもうなんの手加減もなく食べる勢いで。うなじというより首全体を食べにかかっていたかもしれない。
そんなわけで朝から普段の倍以上のスクアーロの叫び声がアジト中に響いた。
声の主は明らかだし、ここは暗殺部隊のアジト。その暗殺部隊の次席の叫び声が聞こえれば、一体何事かと誰もが思うわけで、すぐにオレは駆けつけた同僚たちに囲まれる羽目になった。正確には、スクアーロの叫び声を一番近くで聞いていてもオレは噛みついたままだったから、それをルッスーリアたちに引き剥がされた。スクアーロはうつ伏せに組み敷かれた状態でオレに噛みつかれたから、痛みで反射的に起きて叫ぶと同時に抵抗を試みたけどどうにもならない状態だったらしい。何の本能がそんな行動を引き起こしたのか、オレってそういう趣味があったのかと考えながら、正気に戻った時には応急手当を受けているスクアーロをぼーっと眺めていた。


「ベルちゃんたら何やってんのよ…」
談話室で皆に呆れられる。幹部を代表して問い質すルッスーリアも、とりあえず言い訳があるなら言ってみれば?という様子で、オレの返事には期待していなさそうだ。
「いや、王子にもよくわかんないんだよね。美味しそうだなあーって思って、気が付いたらスクアーロが首から出血してて、それ眺めてたし」
事実を言ってみたら間髪入れずに「ふざけんなあ゛ああ!」というスクアーロの突っ込みが入る。まぁ仕方ない。悪気はなかったけど、オレも同じ事を誰かにやれたらそう言うだろう。もっとも、寝姿なんてスクアーロ以外のやつに見せるつもりはないけれど。
「だからごめんて何度も言ってんじゃん」
「そういう問題じゃねえ!心がこもってねえ、誠意が見られねーんだよ。てめえがオレに噛みついたせいでオレはボスに殴られたんだぞぉ!」
確かに原因を作ったのはオレだから、そういう事態になったらフォローするべきなんだろう。でもボスおっかねーし、なによりスクアーロを殴らないとボスの気がおさまらないことをオレたち幹部は経験上よく知っている。だから少なくともスクアーロを一度は殴った後じゃきゃ何をやっても徒労に終わる。
お前の事好きだけど、できればオレは理屈の通らないボスに関する面倒事には巻き込まれたくないんだよね。っていうかお前が一回殴られる事が、想定できる最小限の被害なわけだし。
そんな本音を押し隠して、オレは「それはお前がやかましいからだろ」なんて言って挑発する。
「やかましくさせたのは誰のせいだと思ってんだぁ!?」
お前の返事なんてわかりきってるけど、おちょくるには都合がいい。なにしろ今日はオレが怒られない日だし。

「いちゃつくなら部屋に戻りなよ、見苦しい。でなきゃ慰謝料払ってもらうよ」
「そうだ。朝から人騒がせなことをしておいて、公害だぞ。ボスの眠りを妨げおって。」
予想通りオレたちのやりとりに外野がちゃちゃを入れてくる。幸いボスがここにはいなかったからオレはやりたい放題だ。
「ししっ、何羨ましがってんだよ。王子の幸せを見せてやってんだからありがたく黙って見てろよ。」
金なんてこっちがとりたいくらいだ。
オレはスクアーロがオレ以外の人間と話すのが昔から嫌だった。ただの子供じみたわがままだってわかってる。なにしろプライベートなんてほとんど存在しない特殊な職場で、あいつは引きこもりがちなボスの代理みたいなものだ。その立場を尊重してこれでも我慢してる。
だから今日くらいいいだろ。そんな理屈は誰にも通じないけれど、皆が呆れるまで待てばそれ以上咎められることはない。スクアーロに文句を言われない限りは。

実のところ、スクアーロとオレが対等か自信はない。オレは王子だけど、そんなのここじゃたいして意味をなさない事だし、あいつはずっとボスばかり見てるから、ボスが生きている限りそのスタンスを崩さないだろう。別にそれ自体はどうってことないはずなんだ。幹部なんて少なからずボスに惹かれてここに留まっているから。矛盾しているけれど、頭では仕事と割り切っていても、あいつがオレよりボスに時間を割く事実がたまらない。
スクアーロ、お前を手に入れてもう随分経つのにいまだにオレは気が気じゃないんだ。

ボスと出会って左手を失って、勝手に誓って髪を伸ばした。
代理戦争でマーモンのために心臓まで失った。
なぁ、お前はオレには何をくれるの?何度そう言いそうになったことか。
お前の体の負荷を考えながら抱くオレの気持ちがわかる?
二回も目の前でお前を失いそうになったんだ。しかもオレ自身は何も手出しができない時に。こういうのってたまんないんだよ。オレがお前の世界でどんな存在なのか、どれだけ無力か思い知るんだ。
卑屈になっても何も解決しないってわかってる。でも今日だけはオレを安心させてくれたっていいはずだ。たった一日でいい、今日はオレがお前を独占できる唯一の日なんだ。オレの事だけ見てればいい。そしたらあとは我慢する。ものわかりのいいふりをしてやる。それがお前とうまくやっていくための条件なんだろう。

結局、オレがスクアーロに噛みついたのは、キスマークをつけるようなただの独占欲による行為でしかない。お前は認めないだろうけど、モテる鮫は傷だらけっていうし、つまりはそういう事なんだよ。オレの見てない所でいろんな奴と会うお前を信用してるけど、今日くらいはいいだろ、お前がオレのものだって皆に堂々と見せつけてもさ。
「クソガキ…」って文句言いながらも、スクアーロはお昼にちゃんとオレのために去年無理矢理約束したかぼちゃのニョッキを食べさせてくれた。当分背後には立たせてくれそうにないけど、お前は許してくれたんだなってわかって嬉しかった。今日がオレの誕生日だから大目にみてくれてるだけかもしれなくても、お前がオレよりは大人だからって事にしとくよ。オレが大人気ないのは今更だけど、まだ二十歳にもなってないんだ、そのへんはガキっぽくても年相応でいいだろ。

お前が約束を守る事は、お前のプライドを満足させる数少ない要素なのだとオレは考えてる。剣士の性分もいくらかはそれに含まれるんだろう。
お前がボスに付き従っていく中で、今でもボスとの誓いを果たせなかった事を負い目に感じていることはよくわかる。それはオレたちがただの歯車でしかないことを感じさせる誰かの壮大なシナリオの中の不可抗力だった。そう思わないとやっていられない。だから、お前はできるだけ約束を守るんだ。裏を返せば、リング戦以来、お前はほとんどの人と守れそうな約束しかしなくなった。来年も一緒にいれたらニョッキをつくってくれ、なんて、生きてなきゃ無理な約束だ。まぁ約束を守るも何も死ねばそれまでだけれど。とにかくお前はオレの今年の誕生日もちゃんとオレと過ごしてくれて、ねだった物ももらえた。それにはとても満足してる。約束を守るための義務的なものじゃなくて、お前もそれを望んでるんだと信じてる。
オレはこの一年、お前の隣並ぶのにふさわしい行動ができてたかな。お前は本能で生きてるからオレの品定めなんてしないだろうけど、オレは気になるよ。来年もこんな風に無意味に過ごせてたらいいな。暗殺者がそんな望みを抱くのはばかげてるってお前は言うけど、オレの側で力抜いてるお前を見るのは結構居心地がいいんだよね。
いつもはいらいらするくらい鈍感なのに、一番気付いて欲しくない部分で妙に察しのいいお前は、オレが誕生日を何とも思ってない事をきっと知っている。ただの呪われた日でしかない。同じように生まれた双子の兄との決定的な差別を受けた日。予備ですらない、要らない子供をお前は選んでくれた。悪態ついたって悪意がない事くらい負の感情を向けられ続けてきたオレにはよくわかる。お前が祝ってくれるから特別な日になるんだ。
本当にぎりぎりのところで、お前はオレのどうしようもない矜持を守ってくれる。

お前がマーモンと運命共同体になってから、オレは任務の時ほんの数秒だけターゲットを殺すのを躊躇う時間ができた。それはとても致命的なことだとわかっているんだけど、しばらくは改められそうにない。ホントどうかしてるよ、たった一瞬でもこいつの心臓があればスクアーロはマーモンの幻術に頼らなくても生きていけるのかなって考えてしまう。同時に、こんな奴の心臓でお前が生きているのは嫌だとも思う。これはただのエゴだ。でもオレの知らないやつの臓器でお前が生きるのはなんか嫌なんだよ。よりによって心臓なんて。
お前の胸に顔を埋めた時に感じる鼓動がお前のオリジナルじゃないのは悔しい。幻術でお前を存命させてるマーモンはお前と繋がってるから、お前がセックスの最中に息を止めたり、任務で気が高ぶる時にそれを知られるのも気に食わない。お前がスクアーロだってことは変わらないはずなのにね。
もうさ、本当にどうしようもないならオレのをやるから、他の奴のものをお前の体に入れるなんてまねはできればしないでほしい。オレがヘマしたら迷わずそうしてよ、移植条件が合わないことくらい知ってるけどどうにかなるだろ?昨夜ベッドの中でまったりしてる時にそう口にしてみたら、スクアーロは突然起き上がってオレを見下ろして「そんな下らねー事、二度と言うんじゃねぇ」と言い睨んだ。オレなんか変な事言った?恋人なら当然じゃね?お前が死ぬくらいならオレが死んだ方がいい。喉元まで出かかったせりふをどうにか飲みこんで、怒りで震えるスクアーロの手を宥めるように覆って、ついでに唇もふさいだ。すぐに大人しくなったけど、不満を溜めこむことの少ないお前の目が物言いたげなのを気にしながら抱いた。
オレはお前を思いやってるふりをしながら、本当は自分が傷つくのが怖いだけの臆病者だ。感傷に浸っているだけで、お前がどうすれば救われるのかもわからない。忙しいお前がそれでも時々王子の側にいてくれるのなら、その間だけでもお前の抱えてる煩わしい事全部忘れさせてみせるよ、って言えたらいいのに。


ヴァリアー幹部では誕生日の人がいれば夜は毎年のように皆で騒ぐ軽いパーティー状態になる。オレの誕生日も例に漏れず、今年もナターレの前祝みたいになった。
お金なんてオレらはいくらでもあるからプレゼントの質になんてこだわらないけど、もちろんもらえれば嬉しい。マーモンが時々言う「お金で買えないもの」ってやつはきっとこういう雰囲気の中にあるんだろう。もらえるものの価値は値段じゃない。誰からもらえるかにもよる。相手に対してオレの中で無意識にランク付けしてしまっているせいもあるかもしれない。それは失礼なことだけれど、オレは神でも神の子でもないから、博愛の精神なんて持ち合わせていないし仕方ない。「特別」ってくくりの中にも優劣はあるわけで、オレにとっての一番はスクアーロ。神なんて信じてないしどうでもいい。オレらにとっての絶対的な存在はボスなわけだし、そういう信仰でヴァリアーは成り立ってると言っても過言じゃない。ああだからこんなにバラバラでも一緒にいられるのか。皆と十年近く一緒にいて誕生日に今更そんなこと考えるなんて、オレって本当に今日はどうかしている。こんなことに気付いたってどうしようもないのに。

そんな下らない思考の流れで、ふと、スクアーロを怒らせたあいつの心臓について考えをめぐらす。
やっぱり何度考えたって答えは変わらない。
もしオレが死んで心臓をスクアーロに与えられるなら最高じゃん?オレの心臓があいつの体の一部になって動いてあいつを生かすんだ。考えただけでもぞくぞくする。
そうしてお前は思知ればいいんだ。オレがどれだけお前を愛しているかを
。この胸を切り開いてもそれは見えないけれど、この心臓がお前のものになってしまえばわかってもらえる気がする。
オレって一応天才だし、自分本位かもしれないけど、この結論は間違ってないと思うんだよね。
まぁ現実にそんな事は叶わなくても、昔から決めてるんだ。お前と付き合えるのも、オレについてこれるのもスクアーロだけだって。だから、この先一緒にいるならあいつがいい。もし誰かに心奪われるような事があってもちゃんと奪い返すよ。オレ王子だし。
だから、誕生日はあと数時間で終わるけど、今日みたいに特別だってずっと感じさせてほしい。オレはお前の隣にいていいんだって思わせてよ。今朝お前に噛みついたせいで朝食は流れたけど、明日こそはお前の好きな濃いめのエスプレッソを淹れるからさ。ああ、お前はオレがそんな事考えてたなんて知らないか。

「何にやにやしてんだぁ?気持ち悪ィな」
ベッドでごろごろしてるオレをバスルームから戻ってきたスクアーロは訝しげに見ている。
「やっぱりさぁ、オレが死んだらお前にオレの心臓やるよ」
にやにやしてた事への返事にはなっていなかったけど、スクアーロはもう怒らなかった。一瞬だけ目を丸くしたけど、どうやら聞き捨てるつもりみたいだ。
「朝はマトリッツォ食いてぇなぁ。この間ルッスが作ってたレモンジャムも味見しねぇとなぁ」
スクアーロはオレの側に腰掛けてそう呟くと、首にかけていたタオルで髪をふき始めた。
「じゃあオレが準備するよ」
と答えると、「てめぇのせいで今日の朝は食いっぱぐれたしなぁ」と流し目で見る。
幸せすぎて、今年初めてオレは泣いた。



fin.

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